タカラヅカ・スカイ・ステージでの生放送、フィギュアスケートの生中継と同じ心構えで観ます。中止公演のチケットを持っていた夫と一緒に、テレビの前でスタンバイ。
2020-03-18 23:14 この記事だけ表示
 2月21日の初日前の通し舞台稽古を見学した後、あひるは意を決して近所のレンタルビデオ店に向かった。『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』の原作映画を借りるために。――人生、観たことがありませんでした。ギャング映画だから。バイオレンス、苦手。舞台でも、映像でも、そういうシーンになると、…本当は撃たれてない撃たれてない刺されてない刺されてない斬られてない斬られてないこれはお芝居だから実際には死んでない死んでない怪我してない怪我してない血は流れてない血は流れてない…と心の中でいちいち激しく繰り返しながら観ることになり非常に疲れるのである。思いもよらぬ銃殺シーンに、静まり返った劇場の中で、あひるの「ひいっっっ…」という声が響き渡ったことも。いかに名高かろうと、宝塚公演の原作であろうと、観る気になれないでいた。それが。
 雪組の舞台が凄かった。2月中旬に退団を発表したトップスター望海風斗と、トップ娘役真彩希帆と。高い歌唱力で知られる二人が、声色を縦横無尽に操り幼少期から壮年期まで演じる、ほろ苦い恋。物語を豊かに彩る雪組生の充実ぶり。そして、現在と回想とが重層的に交錯する物語を軽快にテンポよく華やかにショーアップして展開していく座付き作家小池修一郎の作・演出の手腕。これだけの舞台を生んだ原作映画、やはり観なくては! ということで、決意を固めて完全版をレンタルしてきたのですが。
 開始数分。…だめだ。もうこれ以上は無理…。視聴断念。少々ネタバレになりますが、最初の銃殺は何とか耐え。しかし、その次の、顔中が血まみれの拷問シーンで力尽き…。
 一週間後。本番の舞台を観劇。…この作品についてきちんと言語化したい、その上ではやはり、映画版をどうしても観なくてはならない! 劇場から帰宅したあひるは、借りたままだったDVDをもう一度手に取った。そして、遂に最後まで観た。こうして一つ苦手を克服。観てよかった。ああいう映画だと思っていなかった。…正直、今でも暴力的なシーンが頭の中でぐるぐるぐるぐる回っています(苦笑)。しかし、あの映画作品の中に、宝塚歌劇にふさわしいロマンティックな美学を見出し、それを見事抜き出して舞台化した小池修一郎は凄いな…と。今作が、宝塚歌劇団理事の立場で手がける最後の作品とのこと。映画版と宝塚版との違いの中に、彼がこれまでの43年間、宝塚で見てきた夢、そして、これからも見続けるであろう夢がうかがえて。ダビデの星――六芒星――に向かって心情を絶唱する望海風斗のヌードルス。大階段をほとんど埋め尽くす巨大なスカートの衣装で華やかなブロードウェイのショーの芯を務める真彩希帆のデボラ。――夢。宝塚歌劇という、夢。
2020-03-09 23:48 この記事だけ表示
 華形ひかるが、宝塚大劇場最後となる3月9日、星組の仲間と共に最高の舞台を務められますように!
2020-03-09 00:00 この記事だけ表示
 仙台藩から世界に飛び出しスペインの地で奮闘する『El Japón』の主人公、仙台藩士蒲田治道に敬意を捧げるべく、仙台からアメリカに渡って世界的に活躍するファッション・デザイナー、タダシショージのワンピースを着用して観劇に臨んだあひるであった。身体のラインを美しく見せるカッティングが特徴で、宝塚の娘役もフィギュアスケート選手も着用しているところを見かけますが、考えてみれば、レースや刺繍やスパンコール等の装飾はちょっと“衣装”っぽくもあり。
 物語は仙台藩の月の浦の港から始まる。女たちによる小袖舞。鬼剣舞。主人公蒲田治道(真風涼帆)は、ひょんなことから、支倉常長率いる慶長遣欧使節団に加わることとなる。使節団の日本人たちが歌い、さっと入れ替わって、イスパニアの人々が歌う。日本物的なスタートから、洋物への即座の転換――このあたりの和とスペインの調和的混在に、平岳大がサパテアードを踏み、市川猿弥もそれに呼応して踊った、2017年の博多座二月花形歌舞伎『艶姿澤瀉祭』(再演希望)を思い出し。
 使節団が滞在するコリア・デル・リオの街とその一帯は、農場主ドン・フェルディナンド(英真なおき)の一味に制圧されている。邪なドン・フェルディナンドは、女主人カタリナ(星風まどか)が営む宿屋と彼女自身を狙っている。カタリナは治道に剣術を教えてほしいと頼む。――愛した女、藤乃を虚しく失う過去をもつ治道。結婚式を挙げる日に夫を亡き者にされたカタリナ。死に場所を求めてきた治道は、カタリナの中に同じ思いを見て取る。彼の知る「夢想願流」は、「人を生かすための、そして、生き延び何かを守り続ける者のための剣術」である。海を越えて出会った二人は、生きて大切なものを守るために、戦いの決意を固める。――そんな治道とカタリナの周りを彩るのが、謎めいた男アレハンドロ(芹香斗亜)と、ドン・フェルディナンドの息子エリアス(桜木みなと)である。
 国王と重臣の企みにより、使節団は、貿易の交渉をする暇もなく、日本への出発を急かされることとなる。――出航が迫る。だが、治道は、カタリナが単身、ドン・フェルディナンドの農場へ向かったことを知り、自らもまた農場へと向かう。治道とカタリナは「夢想願流」の真価を発揮し、邪な相手を打ち負かす。
 だが、使節団の船が出航してしまった以上、治道は不法滞在者となってしまう。そこで、実はカタリナの亡き夫の良き友であったアレハンドロが名案を提示する。治道が、書類上まだ生きていることになっているカタリナの夫としてこの先生きていくこと。こうして、出会うはずのなかった二人は、共に生きていくことを選ぶ――これが、コリア・デル・リオの地に実際に存在する「ハポン(日本)」姓の人々、その祖先とは使節団の人々ではないか…という歴史的“ミステリー”に対し、作・演出の大野拓史が想像力の糸で紡ぎあげた冒険活劇である。
 宝塚ミュージカル・ロマン『El Japón』。その角書にふさわしい、宝塚の伝統の流れを汲む、ロマンティックにしてストイックな魅力をもつ作品である。――治道は耐える。多くを語らない。愛する女の命を救えなかった苦しみを、静かなたたずまいのうちに見せる。宙組トップスター真風涼帆の真骨頂である。カタリナも耐える。喪服姿に心を秘めて、多くを語らない。邪な思いを寄せられても、女の身で宿屋を気丈に切り回す。これまた宙組トップ娘役星風まどかに実に似合う役である。――そして、非常に興味深いのが、芹香斗亜演じるアレハンドロの存在である。彼はどこか飄々とした傍観者である。貴族の息子に生まれながら、剣術学校で剣士として修業することに価値を見出し、そこで、切磋琢磨する友も見つけた――その友こそが、カタリナの亡き夫である。女に惚れて宿屋の主人に収まるという友の生き方を、アレハンドロは「馬鹿げた話」と一蹴する。だが、旅から久々故郷に戻ってみると、友はすでにこの世に亡い。亡き友の妻カタリナを、「いい女」「いっそ俺が、とも考えた」とは言うものの、「俺よりも女の助けになりそうな奴が現れた」と、あっさり治道に譲るアレハンドロ。――アレハンドロ。ドン・フェルディナンドの農場で違法に働かされていた女奴隷たちの解放の戦いを支え、治道とカタリナを結び合わせ、そして、おそらくは独りで、またどこかへと旅に出て行ってしまうような、自由に浮遊する魂。その、愛の置き所は――? 彼のその後を夢想せずにはいられない。
 世界に在って、己の剣を、芸を、ただ恃みに、闘うこと。鋭い刃をもって、その人生を美しく、あざやかに切り拓いていくこと――これは、そのような生き方を選んだ人々への、熱きエールの物語である――ハッピーエンドであるところも好きである。この舞台を観たとき、――ここ最近、心の中に生まれたひそかな夢、成就を見届けたいとの夢は、きっと叶う、そんな身震いが我が身に走った。――そして、こうして書きながら、微苦笑をも浮かべつつまた身震いせざるを得ないのは、私の文章を通じて、この物語が、舞台を観ることが叶わなかった人へも伝わっていく、伝えられていくことへの熱望、希求を感じてやまないからである――我が身はここに、美の創り手と、美の創り手とをつなぐ、シナプスのようなものである。そのシナプスとしての役割をあくまで自発的に果たすべく仕向けられていることに、役割を果たしながら驚嘆せざるを得ない。プリズムの如き、インスピレーションの乱反射。
 ――そして、この作品を観ながら、かつて、同じ大野拓史の演出作品、日本物作品の舞台上で、本物の殺気を感じたことを思い出さずにはいられなかった。――あの殺気はいったい、何だったのだろう。あのとき、確かに言語化できていたら、何かが変わっていただろうか。…わからない。歴史に”if”がないように。けれども、今、私にとって確かなことは、その殺気を感じ、記憶として宿している人が、私の他にもこの世に存在しているということである。

 ガウン風の襟が特徴的な衣装をまとった真風涼帆がグラスをくゆらせ、舞台後方のバーカウンターをひらりと飛び越えて、宙組生たちが次々と舞台前方へと押し寄せてくる。ウィスキーをテーマにした『アクアヴィーテ(aquavitae)!!〜生命の水〜』は、そんな躍動感あるオープニングが実に印象的である。『Cocktail―カクテル―』『Apasionado!!』『EXCITER!!』といったヒット作を連発してきた藤井大介の作風は、やんちゃで元気いっぱい、それでいて、どこかねっとりとしたかわいさがアクセントとしてしっかり効いていることを、今回の作品で改めて感じた。それが如実に現れているのが、男役が“女装”で魅了する場面である。ポワントで踊りまくる実羚淳。中詰の和希そら。真風とタンゴに乗ってデュエットを繰り広げる秋音光――どの場面もこってり、クセになる。“女装”といえば、芝居作品では農場主ドン・フェルディナンドを悪の色気たっぷりに演じ、ショーでも錬金術師としてあちこちの場面に姿を現す英真なおきが、中詰めではドレス姿で登場するのも楽しい趣向。その様を観る者もまた、性の軛を自由に逸脱することができる。宝塚のその愉悦。
 CMソングとして名高い「ウィスキーが、お好きでしょ」を、真風涼帆、芹香斗亜、桜木みなとの三人が、客席降りし、客席への語りかけを交えながら歌うシーン。――遠くから聞いているだに照れまくってしまうほどに甘々な言葉を客席間近で真向から決められるのは、この世に宝塚の男役くらいしかいないのでは〜? と思ってしまう。そして、「♪105年熟成された水 飲み干してやる」と、主題歌「アクアヴィーテ!!」の歌詞は大変元気がよろしい。105年熟成された水――105周年を迎えた宝塚。一握りのモルトがアクアヴィーテ――命の水――へと熟成されていく様を描く大ダンス・ナンバーでは、この公演で退団する星吹彩翔、桜音れい、愛咲まりあ、実羚淳への餞のくだりもある。これまで入団し、宝塚に日々を捧げてきたタカラジェンヌ全員が、105年熟成された命の水の源である。
 宝塚では、女性がすべての役を演じる。その上で、男性スタッフの存在、その眼差しの意味について、改めて深く感じ入った今回の二本立て公演だった。「♪男と女が溶け合い 愛が踊るよ」と、ショーの主題歌でも歌われている。――女と男が深く分かち合うことのできる夢の世界、宝塚歌劇。
2020-02-16 02:22 この記事だけ表示
 イギリス王室から事実上離脱することになったヘンリー王子が、スピーチの場で、無念の心境を吐露…のニュース映像を観ていて、思い出す。宝塚月組元トップスター霧矢大夢の退団公演『エドワード8世−王冠を賭けた恋−』(2012年。作・演出は、現在、東京宝塚劇場にて上演中の宙組公演『El Japón(エル ハポン)−イスパニアのサムライ−』担当の大野拓史)のクライマックスで歌われるナンバー「退位の歌」を。――イギリス国王エドワード8世は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの恋を選んで、王位を退く。最後の瞬間になってやっと率直な気持ちを表明することが許され、ラジオを通じて国民に語りかける、その心境を歌うドラマティックなナンバーである(作曲は太田健)。この舞台の公演プログラムにも寄稿している政治学者水谷三公が執筆した『イギリス王室とメディア エドワード大衆王とその時代』は、『エドワード8世』の作品世界を楽しむ上でも非常に興味深い著書であったが、エドワード8世の退位を受けてその弟ジョージ6世が国王の座に就き、そのジョージ6世の娘であるエリザベス2世が孫のヘンリー王子に対して決断を下した今、歴史書を超えてアクチュアルな一冊として立ち現れる。ちなみに、『エドワード8世』においては「退団」と「退位」とが重ね合わされて語られている部分があり、「退位の歌」の歌詞にも、これから新たな世界で生きていこうとする者の未来に対する愛とエールとが存分に込められていて、今なお、聴く者の心を揺さぶらずにはおかない。
2020-01-20 23:12 この記事だけ表示
 花組新トップスター柚香光、プレお披露目公演にして堂々のフルスロットル発進である。見どころいっぱいのダンス・コンサートで、その魅力がはじける。培ってきた芸がある。その芸をもって、宝塚歌劇において届けたい舞台がある。そんな男役がトップスターの座に就き、個性を開花させる瞬間を見届ける喜び――柚香光が組配属されたときのトップスター、真飛聖時代の、熱さ、男くささ満開の花組の男役芸を思い出す。柚香は、先輩を相手にしてさえ芸で堂々と挑みかかっていくような勝ち気な舞台を早くから見せていて、そのころから頼もしさを感じさせたものである。今、センターに立って――何年も前からトップを張っていたのでは? と思いたくなるような安定感と、これからも男役の道を真摯に究めていきたい! というみずみずしい一途さとが共存するのがうれしい。そんな柚香の旅立ちを、作・演出の稲葉太地が大いに盛り上げる。
 2020オリンピック・イヤーにちなみ、第一幕は、柚香扮するギリシャ神話のアキレウスが現代にタイムスリップしての騒動をコミカルに描く。超小顔、驚異の等身バランスで、『はいからさんが通る』『花より男子』といった漫画作品の宝塚版に主演し、ヒットを飛ばしてきた柚香。その身体からシャープな切れ味のダンスを繰り出すのだが、肘から先の動きが、長い腕がさらに長く伸びていくのでは…と思わせるものがあり、後味が実にエレガント。跳躍もふわっと浮遊感がある。そんな動きで見せるストリート・ダンスの妙。あらかじめ自分で吹き込んだ“心の声”と、それに対して見せる表情とで、現代に迷い込んでしまったギリシャの英雄の困惑を表現していくのだが、その絶妙のおとぼけ具合が、コメディも行けるところを証明している。作中「彫刻のよう」と描写されるルックスながら、いい意味での俗っぽさも持ち合わせているからこそ、現代日本を舞台にした漫画作品のキャラクターといったあたりも演じられるのが、男役としての強みである。第二幕では和太鼓にも挑戦、和のテイストの衣装姿も粋な限り。スパニッシュの場面では、宝塚の男役ならではのストイシズムとフラメンコのストイシズムとがマッチする高揚感。そして、今年誕生百周年を祝う花組が上演してきた作品の歌でつづる場面。――大正3年に生まれた宝塚歌劇は、大正モダニズムの中で揺籃期を過ごし、昭和の時代に入ってレヴューを始めとするさまざまな劇場文化を取り入れ、今日まで栄えてきた。その意味で、過去の名曲群を歌い継いでいく際、昭和のニュアンスがどうしても必要になってくるところがあるのだが、柚香は、2020年という今を生きながらも、見事なまでにその昭和のニュアンスが似合うのだった――そうして、柚香光という、誕生したばかりのトップスターが、宝塚歌劇の歴史の大きな流れに見事接続されていく様を、激しい飛沫上がるナイアガラの滝、その自然の驚異に心奪われるような思いで眺めていた――。

(1月8日14時の部、東京国際フォーラムホールC)
2020-01-08 23:59 この記事だけ表示
 初日前の舞台稽古(10時、東京宝塚劇場)を見学。『El Japón』は、2018年秋、陰陽師と妖狐とが千年に渡って転生を繰り返して続ける対決、そして桜咲く白鷺の城(姫路城)でのその最終決着を描いた日本物レヴュー『白鷺の城』でスマッシュ・ヒットを飛ばした大野拓史の手による作品。スペインの町コリア・デル・リオに今も住む「ハポン(=日本)」という姓の人々は、仙台藩主伊達政宗が支倉常長を団長に据えて送り出した17世紀初頭の「慶長遣欧使節団」の末裔ではないか…という説に基づき、実在の人物蒲田治道を主人公に、仙台藩から世界へと飛び出した武将のスペインでの闘いを描くオリジナル歴史物作品。――耐える男。耐える女。見守る男――。宝塚の男役と娘役に実によく似合う、抑制された美学の展開。男役について、そして往年の名作映画や宝塚の名作について、この作品から与えられた視座をもって接することで、新たな地平が見えてくる予感。――侍の刀と鞘の関係が、スケート靴のブレードとエッジケースのそれと重なって立ち現れる刹那――。
 『アクアヴィーテ』は、カクテルをテーマにした『Cocktail―カクテル―』、ワインをテーマにした『Santé!!』と、お酒がテーマの作品で大ヒットを放ってきた藤井大介が、ウィスキーをお題に送るショー作品。客席に対しぐいぐい来る彼の作風と、宙組の勢いが見事にマッチ、宙組トップスター真風涼帆のガウン風の姿も粋な限り。お酒は飲めない&酔えない(アルコール消毒もNG)あひるですが、この作品にはさらに酔いたい!
2020-01-03 23:46 この記事だけ表示