…蜷川幸雄の前は、菊田一夫だったのかな…と思ったりもする。『霧深きエルベのほとり』は、その菊田一夫の手により1963年に初演された作品の、36年ぶりの再演である。
 今年の一月末に亡くなった橋本治に、明治から昭和にかけての日本の歌謡集の名曲を論じた『恋の花詞集 歌謡曲が輝いていた時』という著作がある。明治三十二年の『青葉茂れる桜井の』を始めとする64曲を取り上げ、日本の歌謡曲論、ひいては日本人論が展開されてゆく。そのラストに登場するのが、昭和四十年(レコード発売年)の『霧深きエルベのほとり』の表題曲である。
 「♪鷗よ つたえてよ/我が心いまも/君を愛す」のリフレインが印象的なこの歌について、宝塚だから歌詞がちょっとばかり甘い、と言いながらも、橋本は、こういう歌を男の歌手が歌わないことが不思議である、昭和四十年代に入ると男の歌はみんな愚痴ばかりであったとし、その上で「私は、男として宝塚に恥ずかしい」と書く。別れて、遠く離れて、伝達手段がなくて、それでも愛しているのであれば、鷗に頼むくらいの根性がなぜないのかと。こういった歌を男の歌手が歌わなかったということは、すなわち、そういう常識がなかったということだと彼は言う。このあたり、作者の最高に洒脱な語り口が炸裂するところなので、ぜひお読みいただきたいのだけれども、最終的に彼が到達するのは『恋愛論』ともつながる結論であって、『恋の花詞集』はこのような言葉で締めくくられる。

「自分の胸の内は自分にしか分からない。だからこそ、それを知った以上、自分の現実は自分一人で始めるしかないという、いたって簡単なことが、どうして存在しないんでしょうか?(略)という訳で、男には意外と、自力で自分の思いを貫き通そうという発想がないんですね。別に『恋』が終わったんじゃない。まだ『恋』が始まっていないだけなんですね。(略)恋とは、自分の生き方を教えてくれる羅針盤なのに――。」

 というわけで、私は、『霧深いエルベのほとり』の以前の上演は観たことはないながらも、『恋の花詞集』を通じて表題曲については知っていた。そこへ、新鋭上田久美子が作品の再演を熱望し、潤色・演出を手がけるとのニュース。
 そして、主人公カール・シュナイダーを演じる星組トップスター紅ゆずるの退団発表から一週間ほどして、東京公演初日の幕が開いた。

 『霧深いエルベのほとり』は身分違いの恋がテーマである。ハンブルクの港町で、船乗りのカールと、家出してきた深窓の令嬢マルギット(綺咲愛里)が恋に落ち、二人は結婚を誓うが、マルギットの実家に戻ってみれば、カールはそぐわない人間である。マルギットの父からの手切れ金を受け取って、カールは出て行く――金を受け取ったのはあくまで彼女の父を納得させるためだけであって、後で返すつもりなのである。そして彼は再び海に出る。追ってきたマルギットを港に残し、彼女の幸せだけを願って、「♪鷗よ つたえてよ」と歌いながら――。
 カールには、以前にも恋に破れた経験がある。家族の生活のため、かつての恋人アンゼリカ(音波みのり)は金持ちと結婚した。だから、ハンブルクへの入港を前に、幕開きで歌われる「♪鷗よ つたえてよ」の相手は、マルギットではなくアンゼリカ。一度ならず、二度までも。嘆息。
 私は、初めてふれるこの物語に、…たまったもんじゃないだろうな…と、カールの心に深く残る傷を思い、共に絶唱したいほどだった。カールは、そしてマルギットは、この後どのような人生を送るのだろう。マルギットはおそらく、このような事件があってもなおも彼女を愛し続ける聖人君子のような婚約者フロリアン(礼真琴)と結婚するのだろうけれども、カールとのことは、どんな思い出となっていくのだろう――。万が一、「青春の日のいい思い出です」などと言うようなことがあれば、カールに代わって強烈なキックをその心にかましたい。しかしながら。ある人が、「女が非常識なのよ。こんな相手と恋に落ちて」とマルギットを評していて、それも違う、と思った。「恋ってたやすく常識を超えていくものではないですか」と、ムキになって、正面きって、言い返してしまった…。
 初演の作・演出を手がけた菊田一夫は、貧困家庭に育ち、小学校中退で半ば売り飛ばされるような形で丁稚となり、詩人を志してサトウハチロー門下に入る。そして、ラジオ、舞台、映像とさまざまな分野でヒットを飛ばす。愛する者の幸せのため、悪者を“演じて”まで自らの恋をあきらめる主人公に、作者が託した想い――。菊田一夫こそ、戦後の日本の多くの人々の心をとらえ、熱狂させた、日本舞台芸術界の雄であった。
「(主人公の思う)幸せが、今の時代と違うから」役作りには苦戦したと、紅ゆずるは初日前会見で語っていたけれども、そんな苦戦を感じさせない主人公の造形だった。――彼女が退団発表記者会見でボロボロ泣く姿を、ニュース映像で見た。紅がカールに託した想いとは、「♪鷗よ つたえてよ」の歌詞に乗せる想いとは、心から深く愛しながらも去らなくてはいけない、宝塚歌劇団への愛なのだった――鷗ではなく、あひるがつたえるけれども。
 宝塚の男役は、哀愁が似合ってこそ一人前であると、以前からなぜか強く思ってきた。それは、宝塚が、退団という形でいつか去りゆくことを宿命付けられた世界であるからなのかもしれない…と、紅演じるカールに、その歌声に、改めて身を切られるような思いだった。上田久美子の演出で、紅ゆずるの主演で、今、『霧深きエルベのほとり』を観られて、――菊田一夫の魂にふれることができて――、よかった。

 『ESTRELLAS〜星たち〜』で一番好きなのは、「Tonight Is What It Means to Be Young」に乗って、星組生たちが踊りまくる場面である。ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のクライマックスでヴァンパイアが踊り狂うシーンの曲として有名なのだろうけれども、私はまずは、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)の劇中歌として出会い、そして、「今夜はANGEL」のタイトルで主題歌として流れたドラマ『ヤヌスの鏡』(1985〜1986)も毎週欠かさず見ていた。
 『ストリート・オブ・ファイヤー』、宝塚で似合いそうだな…と、長年思っていたのである。舞台はアメリカ、人気歌手エレン・エイムが町のギャング団に拉致される。エレンのかつての恋人トムは、助けを乞う姉からの手紙で町に舞い戻り、女兵士マッコイを相棒に、エレンを助け、ギャング団と抗争を繰り広げる。トムとエレンの恋心は再び燃え上がるも、彼女の歌手としてのキャリアを思うトムは、「俺はお前の付き人にはなれない。でも、必要なときがあったら呼んでくれ。助けに来る」と、最高にかっこいい言葉を残して去る。
 今回の「Tonight Is What It Means to Be Young」の場面では、『ストリート・オブ・ファイヤー』ばりの黒を基調としたハードな衣装を粋に着こなした星組生たちが、ワイルドなダンスを繰り広げる。『霧深きエルベのほとり』の残像があるから、紅が、『ストリート・オブ・ファイヤー』のラストでやはり身を引く主人公トムの姿と自然重なって、――宝塚で上演してほしいとの夢が、半ば叶ったような思い。

 …七海ひろき退団の日が遂に来てしまった。
 彼女が昨年秋に開催したディナーショーの模様を「タカラヅカニュース」で観ていて、「まだまだ宝塚にいてくれるんだ! 安心!」と、大勘違いをしたあひるであった…。
 思えば、七海ひろきは宝塚に在って、いつも楽しそうに舞台を務めていた――不調や不具合を感じたことがない。それが彼女のプロフェッショナリズムなのだった。亜空間の人である。周りの空気に流されることのない、自身の強烈な磁場を持った人である。だから、何だか重い空気が立ち込めていても、七海のシーンでぴたりと止まる、それで舞台が盛り返す、そんなスーパーセーブを観たこともある。愛する宝塚にあって、彼女にとっては、その日そこに集った観客に幸せを届けることが何よりも大切なのだった。
 『霧深きエルベのほとり』で演じたのは、船乗り仲間のトビアス。石で水切りをしながら、カールの妹を口説きにかかるシーンがあるのだけれども、その、独特の男役くささ、キザりっぷりに、…かっこいいんだかおもしろいんだか、その両方なのかわからない〜、そんな、くすぐったい気分で、「きゃあ」と両腕で我が身を抱きしめたくなる。『ESTRELLAS〜星たち〜』では、平井堅の「POP STAR」に乗って繰り広げられるキュートな場面で芯を務める。「♪君をもっと夢中にさせてあげるからね」と歌われる前からすでに、七海ひろきの不思議な魅力に夢中である! ――そして気づく。七海ひろきは、宙組トップスター大和悠河の流れを汲む、キラキラのスターなのだった。どこで踊っていてもわかる、あの独特の動き。しぐさ。そのすべてに、「七海ひろき」と見えないスタンプが押してあるかのよう。個性を激しく打ち出し、広く愛される。あの独特の空気は七海ひろき一人にしか出せないものだけれども、個性を打ち出すその姿勢は、大いに見習うべきものがあると私は思う。
2019-03-24 03:06 この記事だけ表示
 初日前の舞台稽古を見学(2月15日10時、東京宝塚劇場)。『霧深きエルベのほとり』は、菊田一夫が1963年に作・演出を手がけ、その後何度も再演されてきた名作。私は以前の上演は観たことがないながらも、橋本治が明治から昭和にかけての歌謡曲の名曲を論じた『恋の花詞集』(タイトルは無論、宝塚の名作レビュー『花詩集』にちなむ)を通じて、主題歌については知っていた。橋本治に、「私は、男として宝塚に恥ずかしい」とまで書かしめた名曲を、一月末に亡くなった彼を偲びながら聞いた――紅ゆずるの歌唱及び主人公カールの造形がすばらしい。レビュー『ESTRELLAS〜星たち〜』は、何だか好きな曲ばっかり登場するぞ! &主題歌の歌謡曲感がたまりませぬ。
2019-02-17 22:33 この記事だけ表示
 1・2月の日比谷では、東京宝塚劇場で雪組が『ファントム』、そして隣の日生劇場で『ラブ・ネバー・ダイ』と、ガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』がベースとなったミュージカルが二つ上演されていた。昨年はケン・ヒル版が来日公演を行ない、今年秋には梅田芸術劇場他で『ファントム』の上演…と、まだまだ続く怪人ブーム。
 花の都、パリ。――光と影。明と暗。その交錯が、今回の雪組『ファントム』には鮮やかに描き出されている。農場育ちの少女クリスティーヌが、パリにやって来て、パリの歌を歌う――アメリカ人作曲家、モーリー・イェストンの手による曲は、宝塚で長年愛唱されているフランス生まれの曲と比べると、幾分ポップに感じられる。彼女はオペラ座で歌うことを夢見、劇場へと足を運ぶ。そこでは騒動が持ち上がっている。金の力で劇場の主に収まった夫妻が、長らく務めてきた支配人を解任してしまう。しかし、夫妻と、劇場に棲みついた怪人との間で諍いが起こり――。
 劇場に棲まう怪人。魔物。幻想――ファントム。それを取り上げて描く演目は当然のように、ある種“魔物祓い”の性格を帯びざるを得ない――例えば、作中、すべての演目で主役に収まり、物語を書き換えてまで自分が好きなように演じ、歌うと宣言するカルロッタ(その力の源泉は、財力である)という役どころが体現するのは、悪しき“主演”論である。
 今回、雪組生全員で果敢にこの演目に取り組んだ結果、大きな幻想が追い払われ、葬送された。それが何よりの成果だったと思う。MVPは無論、全身全霊を傾ける演技でタイトルロールを務めた――すなわち、自身で、対象となる幻想を見事演じきった――雪組トップスター望海風斗である。
 昨年一年、彼女に対していささかの物足りなさを感じていた。バレーボールの例えで言えば。雪組は組全体がきちっとしているから、レシーブ、トスまでは誰が上げてもいいつながりなのである。けれども。何だか、そうして上がった球を無難に返してくる印象が。
「そこで強打せんか〜!!!」
の、じれったさ。…じゃあ、そちらがエースアタッカー、やる? と、トップ娘役真彩希帆に目をやってみれば。…バレーボールをしていない。何かはよくわからないが、違う競技をしている。でも、…点が入るなら、それでいい〜…とばかりに、球はじゃんじゃん集まっているような。…これはありなんだろうか…と、娘役の在り方に厳しい組長梨花ますみに目を向けてみたが、OKのようである。おもしろい状況になっているなと、そう感じていた2018年。
 2019年。ファントムを演じる望海は、昨年とは打って変わって、もうびしばしの強打である。文句なしのエースアタッカー。待ってました〜! と、年始から強打を浴びるように受け、涙涙涙。7年前の上演の際、…この演目はキャリエール役者に負担が大きいな…と感じ、そのように書きもしたけれども、ここまで己のすべてを捧げる演技を見せるならば――“ファントム”が体現する、人の弱さや心の闇と向き合うならば――ファントム役者にも非常に心の負担が大きいことだろうと思う――それを言えば、カルロッタ役者にも非常に負担の大きな演目なのだけれども。
 それでいて、望海のファントムには、いい意味での軽やかさがある。オペラ『カルメン』のリハーサルにファントムが乱入し、場を混乱に陥れるシーン――その『カルメン』は、フランス人作家プロスペル・メリメの小説に、フランス人作曲家ジョルジュ・ビゼーが作曲した、スペインを舞台にした物語である――。このシーン、望海ファントムは軽快な踊りで笑いを誘う。その様は、怪人がいようがいまいが実際に劇場で起こり得るであろう、誰かの“いたずら”のようにも思われる、ちょっとしたハプニングを想起させずにはおかない。
 劇場は、光と影、明と暗が交錯する場所である。光あふれる舞台上と、闇に包まれた舞台袖、客席と。光を浴びる者と、浴びない者と。ファントムのレッスンによって脚光を浴びるようになったクリスティーヌと、依然闇に棲まうファントムと。
 ファントムが求め続けた、美しい声――母の声。クリスティーヌが聴かせるその声こそが、ファントムとキャリエール、断絶していた父子を結びつける絆となる――クリスティーヌの声に、ファントムは母を、キャリエールは妻を、聴く。結末は、悲劇かもしれない。けれども、真実が照らし出されたその結末には、救いがある。クリスティーヌ役の真彩希帆は、父子の絆となるにふさわしい、美しい声を聴かせる。望海ファントムとのデュエットに、心震え、心洗われる思い。キャリエール役の彩風咲奈も、一切のエロスを持ち込むことなくこの役を造形してみせた。ファントムを乗り越えた雪組に、明るい未来の光が差し込んでいる。
2019-02-10 01:06 この記事だけ表示
 年末の疲れを引きずったまま突入した2019年、その正月ボケを吹っ飛ばすような、月組新トップ娘役・美園さくらの演技なのだった。
「あんた、いいとこあるじゃない!」
 出会い頭にいきなり、そう肩を叩かれたような。面食らって、肩を叩き返すのを忘れてしまうような(笑)。
 ヒロインを務めた昨年の『雨に唄えば』でも、舞台上、ぱあっとはじけるような勢いをもった娘役だなと。そして。トップ娘役の立場で臨む舞台では、はじけ方さらに半端なし。いい意味で、客席への攻撃力、破壊力満点である。よけいな自意識の一切がないから、観ていて清々しい。そして実にセクシーである。突き抜けている。おもしろすぎる――表情は、もっとやわらかくしたら、もっと魅力的だと思うけれども。プレお披露目公演からこう来たか! うれしくなって、フライングで拍手を入れる始末。蒼乃夕妃、愛希れいか、そして美園さくら。トップ娘役の地平がどんどん拓かれてゆく月組なのだった。
 そんな全力投球の美園を真正面からどんと受け止めて、トップスター就任3年目、珠城りょうの包容力もいや増すというもの。その歌唱に、背中に、ときに哀愁すら感じさせて。フィナーレで男役陣を率いる姿にも貫録あり。
 レナード・バーンスタイン作曲による、1944年初演のブロードウェイ・ミュージカルである。ニューヨークでつかの間の休暇を楽しむ三人の水兵たちの、つかの間の恋。その恋のお相手の一人を演じて、白雪さち花が大活躍である。『瑠璃色の刻』(2017)ではフランス王妃マリー・アントワネット役として堂々たる演技と歌唱を披露して場をさらい、昨年の『エリザベート』では娼館の主、マダム・ヴォルフ役。「♪タチアナはダイナマイト〜」と歌うお勧めソングに、…一番ダイナマイトなのはマダム・ヴォルフ自身なんじゃ…と思わせる、パンチの効いた歌声。そして今回、気に入った水兵をお持ち帰りしてしまう女タクシー運転手ヒルディ役。バックの映像ともマッチしためちゃくちゃな運転っぷり! 演技でここまで崩しても、その舞台姿が決して崩れないのは、白雪の娘役芸が強固だからである。
 月組に、輝月ゆうまみたいに重厚でダンディな男役がまた一人…と正月ボケの頭で観ていたら、はたしてそれは、これまでとはまた違った声色と個性を開拓した輝月ゆうまなのだった。婚約者の奔放っぷりにとことん物分かりのよさを発揮して見せるとぼけたおかしみ。珠城&美園、新トップコンビのデュエットダンスでは、二人への熱いエールにあふれたカゲソロを披露。大丈夫、月組の未来は明るい!
2019-01-14 23:20 この記事だけ表示
 あけましておめでとうございます。皆様、本年も宜しくお願い申し上げます。あひるの2019年の目標は「ブログをためない」、叶えたい夢は「神戸に長期滞在して街めぐりする」です。
 さて、昨日、雪組『ファントム』の初日前の舞台稽古を見学(1月2日10時、東京宝塚劇場)。『ファントム』前回上演から約6年半。作品に新たな命を吹き込むべく真摯に向き合う雪組生の姿に、自分も、…過去の自分を超えたい、新たな発見を書き記していきたい…との決意を新たに。実際、ブラッシュアップされた演出とメイン・キャストの力演により、また異なる物語が描き出されて。
 思い出したことが。魔物が出やすい演目なのだった――だってそもそも、劇場に棲まう“怪人”“幻想”の物語だからして。でも、今の強力な雪組トップコンビ、望海風斗&真彩希帆なら、多少の魔物が出たところで、大丈夫!
2019-01-03 23:12 この記事だけ表示
 宝塚の舞台において描くべき愛と美をあくまで追求した、心ある人々の踏ん張りによって、ギリギリのところでワーストはなし。それにしても、『蘭陵王』高緯役の瀬戸かずやの演技は、2018年の宝塚歌劇に見事なピリオドを打つものだった。

 今年も、選ぶのに迷うほど充実した作品が多かったけれども、ベストは小池修一郎潤色・演出の月組『エリザベート』に。何度も上演されてきた名作に新たな風を吹き込もうと挑む全員の頑張りにより、作品理解においてこれまでにない境地に至ることができた。月組の『雨に唄えば』(中村一徳演出)、雪組『凱旋門』(柴田侑宏作、謝珠栄演出・振付)についても然り。
 日本人の心性を描いて楽しかったで賞を月組『カンパニー』(石田昌也作・演出)に。そして、汎用性高かったで賞を星組『ANOTHER WORLD』(谷正純作・演出)に(日本舞台芸術界に鬼&地獄ブーム!)。
 ショーは、日本物作品の新たな境地を拓いた宙組『白鷺の城』(大野拓史作・演出)。あひるも台湾に行きたかったで賞に、星組『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(齋藤吉正作・演出、日本青年館バージョン)。東西大劇場バージョンを踏まえてのブラッシュアップが光った。そして、この作品の一連の上演を通じて、星組娘役トップ綺咲愛里が大躍進! 客席にさっそうと攻めてくるかっこいい美少女キャラを確立した。“心の名場面”は、彼女が三人組の芯となり、台湾でもヒットしたブラックビスケッツの「Timing」を歌い踊るコケティッシュなシーン。

 今年は、昨年の予想通り、新人賞複数!
 一人目は、雪組トップ娘役、真彩希帆。『ひかりふる路〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜』では、フランク・ワイルドホーン作曲の大曲の数々を澄んだ歌声で歌いこなし、主人公ロベスピエールがこの世に残していった良心とも解釈し得るヒロイン、マリー=アンヌに扮して堂々たるトップお披露目。『凱旋門』でも、大ベテラン轟悠を相手に、激動のパリ、男たちの間で刹那の恋に身を焦がさずにはいられない難役ジョアンを演じて、魂をほとばしらせるような演技を見せた。
 彼女は声が美しい。澄んで聖性を感じさせる、その先に、エロスがにじむ。これは微笑ましい点でもあるのだが、『Gato Bonito!!』のタンゴの場面でのデュエットダンスの際など、「頼もー!」と気合が入りすぎて、愛を踊るというより果たし合いのように見えた。娘役はたおやかに〜! 鼻息荒く見えてしまっては、せっかくの芸もGOE(出来栄え点)マイナス。
 さて。最初はここで、雪組トップスター望海風斗への要望を書く予定でしたが、「タカラヅカニュース」を観るだに…、大いに改善されている模様! 1月2日からの東京宝塚劇場公演『ファントム』が楽しみ!

 二人目の新人賞は、宙組トップ娘役、星風まどか。
 プレお披露目公演『WEST SIDE STORY』は、人々の対立の中、あくまで愛を信じて生きるヒロイン、マリアを体当たりで造形、作品の芯を見事に務め上げた。私は、彼女の演技と、「フィギュアスケート世界選手権2018」男子フリーでの友野一希の演技を通じて、この物語のヒロインがなぜ、イエス・キリストの母と同じ名前であるのか、改めて知った思いがする…。少女漫画が原作であるお披露目公演『天(そら)は赤い河のほとり』では、古代オリエントに迷い込んでしまった現代女子高生のユーリ役。主人公に抱きついた際に片足が膝のところでちょんと上がるポーズは胸キュンもの(小柳奈穂子の作・演出がツボを得ている!)。ユーリは人々と共に闘うこととなるが、戦士の姿となっても、例えば、かつての月組娘役・蒼乃夕妃がこのような場合、“男前”となるのに対し、星風は“男前”にはならない。そこに個性がうかがえる。併演の『シトラスの風−Sunrise−』では“明日へのエナジー”の場面にまで駆り出され、軽快なダンスを披露していた。秋の『白鷺の城』『異人たちのルネサンス』でも、作品上与えられた大きな役割を立派に果たしたばかりである。レオナルド・ダ・ヴィンチが主人公の『異人たちのルネサンス』では、舞台ラストで名画「モナ・リザ」が登場する、そのとき、ダ・ヴィンチにインスピレーションを与えたヒロイン・カテリーナを演じていた星風が、それまでいかに「モナ・リザ」に自らのたたずまいを合わせていたか、胸を衝かれるものがあった。
 星風まどかは、必死である。作品上与えられた役割、トップ娘役としての責任を果たすため。一切の余計な自意識が入り込む余地がない、その必死さが、彼女の表情をいつも実に艶っぽいものにしている。学年は若く、童顔だけれども、娘役として落ち着いた発声ができるのも、演じる役柄に幅を与えている。何よりすばらしいのは、この一年、宙組トップスター真風涼帆を相手役として必死に支え続け、その復調を受けて喜びに光り輝いているところである。娘役魂!
 真風涼帆は見事復調、宙組全体も上昇気流にあり、他の四組を追える展開となってきた。二月の博多座公演で上演される『黒い瞳』については、最近、…生きている人間の熱い生き様が本当にヴィヴィッドに描かれた、宝塚の歴史に残る名作なのだ…との思いを新たにする出来事があったばかりである(プガチョフ役の愛月ひかるにとっては、専科入り前、さらなる実力を蓄える大チャンスである)。宙組の未来は明るい。
2018-12-28 17:56 この記事だけ表示
 年少者への性的虐待は、異性間であっても、同性間であっても、そして虐待者がたとえそこに「愛」という言葉を持ち出したとしても、虐待である。『蘭陵王』において、作・演出の木村信司は、この、あまりに重大な問題を、あまりに軽々しく扱っている。はたして宝塚歌劇においてふさわしい題材かという議論の前に、その扱い方が問題である。
 だが、作品の拭いがたい気持ち悪さを中和する痛快な笑いを誘う快演を、瀬戸かずやが見せるのだった。皇太子に生まれながらも戦いは嫌い、美しいものと男性が大好きなこのキャラクターを、瀬戸は大いにデフォルメの効いた演技で見せ、性別やセクシャリティを超えたダメ人間のダメっぷりをピリリと風刺してみせる。戦場で「いたあい」だの「こわあい」だの連発、“ぶりっこ”という言葉すら思わせるキュートな造形。演技上、ここまで崩してしまうことが可能なのも、瀬戸には、厳然と確立された男役芸があるからだ。そして、フィナーレの舞いで見せる、そのシャープな切れ味。瀬戸は、同じKAAT神奈川芸術劇場ホールで上演された『For the people ―リンカーン 自由を求めた男―』のスティーブン・ダグラス役に続く名演である。
 そんな瀬戸の強力アシストも受け、凪七瑠海が主人公として強固に踏ん張る。なるほど、美しさゆえに皆が戦うことをやめてしまったという伝説のある蘭陵王にふさわしい容姿、力強い歌声、そして、これまた強固な男役芸。凪七にとっては『ベルリン、わが愛』のヨーゼフ・ゲッベルス役に続く難役となったが、見事芸で押し切り、その男役芸に限界のないことを証明してみせた。花組生もまとまっており、舞台全体としての出来は悪いものではない。
 作中、蘭陵王は、愛せるか、幸せかと問われ、自問自答の歌を歌う。これに則り、作者に聞きたい。彼は、宝塚歌劇団の演出家として、宝塚をどのように愛し、観客にどのような世界を見せたいと考えているのだろう。そして、宝塚歌劇団の演出家として、どのような瞬間に幸せを感じるのだろう。「愛」の中に年少者への性的虐待を含めることなく、答えを出して欲しいものである。
 楽曲の一部を雅楽師の東儀秀樹が提供、その雅やかな音色が作品世界に大いに貢献している。ドラマシティ公演の初日には生でお祓いの演奏もされたとのこと。筆者にとっては成蹊学園帰国子女学級の先輩にあたり、同じ先生に学んだ経験もあり、かつて学園関連の記事で取材させていただいたこともある。彼と宝塚との初コラボレーションが実現したことは、作者の功績として挙げておくべきだろう。先輩、これに懲りず、今後もぜひ宝塚の舞台に関わり続けて行ってください。
2018-12-28 17:54 この記事だけ表示
 宝塚歌劇団、舞浜アンフィシアターにて初公演! それが花組『Delight Holiday』(11月30日15時の部)。舞浜。東京ディズニーランドの地。イクスピアリを奥へ奥へと進んでいくと、そこが舞浜アンフィシアター。一帯はすっかりクリスマス・ムード、…年内に日帰り出張二回(ということは当然その分の原稿)&その他いろいろを控え、内心ちょっとテンパってきたあひるもほっこり。そして、非常に楽しいステージ! 明日海りお率いる花組生がハイテンションで一気に駆け抜ける休憩なし110分。平成の30年をそれぞれの年のヒット曲で振り返るコーナーあり、明日海の過去主演作からのナンバーでつづるコーナーあり、ディズニー・ナンバーあり、クリスマス・ソングありと、実に盛りだくさん。映像使いも楽しく、廻るセリや巨大なミラーボールといった劇場機構もフルに活かした稲葉大地の演出◎。
 明日海はここへ来て男役ぶりがさらに上がり、歌にもひときわ力強さが感じられて。そして、相手役の仙名彩世。…正直、「なんで来年四月で退団しちゃうの〜」と思っていた。でも。解き放たれたように『Let It Go〜ありのままで〜』を歌うその姿に、…よくわかった! 張り切って旅立って行け〜〜〜!!! という気持ちに。彼女が歌う、安室奈美恵の「Hero」も心に沁み…。ダルマ衣装の上に半纏を羽織り、おかんぶりを発揮するコント? 場面では、それははっちゃけた新たな一面も見られて。そして、明日海とのデュエット・ダンスでは、まるで粉雪のようにふわふわくるくる舞っていた! さすが、“ゆき”(彼女の愛称)。エネルギッシュなステージにもらったパワーで、あひるも明日の出張、頑張ってきます!
2018-11-30 20:56 この記事だけ表示
 ――狂おしい夢を見た、と陰陽師は語り出す。彼と妖狐との、千年にもわたる宿世を。二人は転生し、出逢いを繰り返す。――あるときは、安部泰成と玉藻前として――安部泰成の祖先、安倍晴明の母は、“葛の葉伝説”の伝えるところによると、狐である。――あるときは、吉備真備と妲己として。――栗林義長としての生では、めぐり逢えぬ運命。――そして今生では、陰陽師・幸徳井友景と、再び玉藻前として。その宿世は、彼にも流れる魔性の血ゆえか――。姫山の白鷺城。今生で因果を終わらせるため、玉藻前の亡骸の前で友景は自刃する。そこへ葛の葉が、姫山のかつての主・富姫として現れ、祈りを捧げて――。
 稲荷神社の祭礼の夜。狐面をかけて踊るうちに、出逢う二人。宿世から逃れた二人。
 ――あの愛を、結界から持ち出すべきではなかったのか。西の塚に埋もれし宝を持ち出すべきでは――? ――真の愛語られる場所こそ美の殿堂なり――。けれども。私は確かに声を聞いた。「…今生で、今ひとたび、めぐり逢う…」との――。そして私は知っている。その転生にはしばらくかかる。だから、待っている。今はこの世にいない人、かつては愛と優しさに満ちていた人、その人がこの世に再び生まれ出づる日を。だから今は、「ダスビダーニャ」――また心通う日まで、さよなら。

注)「ダスビダーニャ」については、<愛いっとき、そして「ダスビダーニャ」〜宝塚雪組「ロシアン・ブルー」http://daisy.stablo.jp/article/448444488.html>参照のこと。
2018-11-28 21:26 この記事だけ表示
 本日の初日前の舞台稽古を見学(10時、東京宝塚劇場)。まずは、日本物レヴュー『白鷺の城』作・演出の大野拓史&宙組トップスター真風涼帆の復調が喜ばしい限り。陰陽師・安倍泰成(安倍晴明の子孫)と妖狐・玉藻前が、千年に渡って互いに転生を繰り返して対決を続け、桜咲く白鷺の城(姫路城)で遂に決着をつけることとなる――。眼前でめくるめくスペクタクルが展開されている、と同時に、脳内では羽生結弦の「SEIMEI」と「春よ、来い」と四代目市川猿之助の『義経千本桜』と『元禄港歌』(で糸栄役として語った『葛の葉』)が一気に上演されているような、四回転ジャンプと宙乗りが一度に繰り広げられているような、そんな大昂揚の舞台。大野作品では過去に『花のいそぎ』(2004)でも小野篁のマジカルな魅力を取り上げていたのを思い出し&この夏訪れたのですが、『元禄港歌』の舞台となった室津は白鷺の城からもそう遠からず。『異人たちのルネサンス』は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」誕生秘話異聞。作・演出の田渕大輔の芸術論、ミューズ論で、こちらも自由を象徴する白い鳥がモチーフ。レヴュー、芝居とも、トップ娘役星風まどかの大奮闘が光る。童顔なのに妖艶な美しさ、そしてデュエットダンスではにっこりキュートなスマイル! ちなみに本日あひるはイタリアの「モナ・リザ」というブランドの白鳥ワンピースを着て行っていたのでした(後でブランド名を思い出して自分でもびっくり)。公演のますますの進化が楽しみ。
2018-11-23 22:30 この記事だけ表示