人間の生の尊厳と愛とを祝福する、実にエネルギッシュな舞台だった――終演後、自分の中で命の炎がごうっと音を立てて燃えているのを聞いていた――。
 革命前夜のフランスを舞台とするドーヴ・アチア&アルベール・コーエンによる2012年初演のフレンチ・ミュージカルの、宝塚での二度目の上演(初演は2015年月組)。宝塚歌劇団最大のヒット作と言えば、フランス革命を扱う『ベルサイユのばら』である。この『1789』再演において、潤色・演出の小池修一郎は、秀逸な『ベルサイユのばら』論、ひいては宝塚歌劇論を繰り広げる。そして、演出家が深い愛をもって引き出した、演者たちのパワフルなパフォーマンス――ときに、魂が宙へと浮遊していくかのよう! 8月27日13時半の千秋楽公演はライブ中継・ライブ配信あり。

(13時半の部観劇、東京宝塚劇場)
 11時の部観劇(東京建物 Brillia HALL)。“アーサー王伝説”を新解釈で描くミュージカル(2019年韓国初演)で、宙組新トップコンビ芹香斗亜&春乃さくら、発進。フランク・ワイルドホーンの楽曲に取り組んで、キャストがまっすぐな頑張りを見せる。アーサー役の芹香斗亜は、自信を持って堂々歌っている箇所はとても心に響くのだから、演じることをもっとENJOY! 周りの芝居に乗って、そのときどきで生まれてきた感情を大切にしてみては? アーサーの妻となるグィネヴィア(春乃さくら)に思いを寄せる騎士ランスロット役の桜木みなとに憂いとせつなさ。二幕のアーサーとランスロットの対峙シーンの緊迫感、◎。悠真倫(専科)が、トサカみたいな髪型もワイルドに、悪役であるサクソン族の王ウルフスタン役で迫力の好演。
 確かに、昨年の『心中・恋の大和路』(配信視聴)で演じたヒロイン梅川には……となった。一方で、そのすさまじいガッツに、……それが全部いい方向に向いたらおもしろい存在になるかも……と感じた。それから一年。雪組トップ娘役お披露目公演で、夢白あや、大健闘。次はいったい何を繰り出してくるんだろう……と食い入るように観てしまう。あふれ出る活力ゆえの吸引力。レビュー『ジュエル・ド・パリ!!』(作・演出:藤井大介)で大盛り上がりを見せた華やかなフレンチカンカンでの活躍ぶり――夢白から個性を大いに引き出した藤井の手腕も光るところ。夢白は、娘役芸についても、魅力的な存在の多い雪組娘役陣、そして今回専科より出演して舞台を引き締めている美穂圭子(雪組出身)から多くを吸収しているよう。前任のトップ娘役朝月希和は客席に対し花組男役ばりのアピールができるショースターだったけれども、そんな朝月の影響も感じられたところが頼もしかった。
 19世紀初頭のプロイセンの鉄道業発展をテーマに描く『Lilacの夢路−ドロイゼン家の誇り−』の作・演出・振付は謝珠栄。愛した女性ディートリンデ(野々花ひまり)の哀しき振る舞いに絶望し、けれども彼女への愛ゆえに苦しむ様を演じて、フランツ役の朝美絢の男役芸に陰影が増した。『ジュエル・ド・パリ!!』での、和希そら(『心中・恋の大和路』では主人公・亀屋忠兵衛役として夢白の梅川を見守る様に包容力を感じた)がクレオパトラ風の扮装でキレキレのダンスを繰り広げるシーンでは、奏乃はるとが何かが吹っ切れたような熱唱を聴かせていた。
 破壊力満点の相手役を得た彩風咲奈は、宝塚の男役をもっとENJOY!!!
 命を奪うことに倦んだ死神が、“死神業務”から休暇をとって人間の青年へと姿を変え、生をENJOYしていく過程で、人間とは何か、生とは、死とは何かを探究してゆく――。心の奥で大切に慈しみ続けたいような、宝塚歌劇にぴったりの作品! 月組に、そして月組トップコンビ月城かなと&海乃美月に新たな代表作誕生。ラストを芸術論にもっていった死神役の月城かなとにあひる鳥肌――その意味で確かに「愛は死より強い」。キュートで個性的な登場人物揃いの中、“心のキャラ”は佳城葵が演じた使用人頭フィデレに決定〜(この人が活躍したら月組はますます盛り上がるだろうなと長いこと心待ちにしていた)。ゆっくり書きます。
 オフ・ブロードウェイ・ミュージカル(2011年初演)の日本初演。適材適所の活躍が楽しい!
 月組東急シアターオーブ公演『DEATH TAKES A HOLIDAY』ライブ配信観ます。
 心弾むパリ・レビュー『ジュエル・ド・パリ!!』、本日の公演の盛り上がりや良し。生の祝祭! 芝居、レビューとも専科の美穂圭子がその歌声できりっと舞台を引き締めて。雪組新トップ娘役夢白あやのパンチの効いたパフォーマンス、破壊力抜群。

(13時半の部、東京宝塚劇場)
 宝塚歌劇で、“007”。宝塚の男役で、ジェームズ・ボンド。その任務を任されたのが、入団18年目、これが退団作となる真風涼帆である。果たして、真風涼帆が演じるジェームズ・ボンドは、かっこいい。男役として寸分の隙もない身のこなし。スーツの着こなし。近年の宙組において上演されたロシア物作品の系譜をたどるような趣向も凝らされたこの作品におけるロシア・コスプレもバッチリはまる。前述のように作品はコメディ展開で、周りがコミカルにやっているところで、真風ボンドが一人すーっと真顔でキザなセリフを決めたりするのが見どころだったりする――それがかっこいい。そして、おかしくもあるのは、彼女のコメディ・センスゆえだと思う。真風ボンドとオリジナル・キャラクターである潤花デルフィーヌには、超音波で通信するイルカに思いを馳せるデュエット曲「イルカが人を愛するように」がある(“デルフィーヌ”はイルカにちなんだ命名というわけである)。これから、真風涼帆のことを考えるたび、ジェームズ・ボンドのことを考えるたび、イルカのことも考えてしまいそうな自分がいる。退団作にして強烈なインパクト。
 ――そう思って笑うと、退団も、さみしくないような。
 まだ星組にいた時代だったから、随分前のことになるけれども、――もしかして、男役をやっていくことにいまいち自信がないのかな……と感じたことがあった。びっくりした。175センチの長身、シュッとしたルックス、宝塚の男役に打ってつけの人なのに。自信をもって突き進んで〜と思った。果たして、自信がついたのであろう後の真風涼帆は、男役道をそれはまっすぐに進んでいった。トップスターに就任したあたりでいささか足踏みも感じたけれども、星風まどかという相手役を得て、その後、大きな成長を遂げた。その星風とのトップコンビ解消は、男役・真風涼帆に“やせ我慢”という大きな武器をもたらした。星風とタイプの異なる潤花を相手役に得たことで、芸の幅はさらに広がった。女性の身体をもって美学を表現する、宝塚の男役としての芸の幅が。その舞台からは、与えられた役柄を柔軟に受け入れて表現しようとする精神を感じた。
 かっこいい。真風ボンドを観てそう感じるたび、――だから、退団なんだ……と思った。そりゃあもちろん、……こういう役も似合っただろうな……と思うところはいろいろある。『カサブランカ』のリックとか。でも。男役としてかっこいいのはもう十分わかっている。そんな彼女が、これからどんな新たな変化を見せていくのか、今はそちらに心ひかれて。
 宝塚への惜別の念をこめて、真風ボンドが歌う「Adieu 君に会えて良かった」(作詞:小池修一郎、作曲:太田健)の最後の一節。
「♪いつかまた会える日を信じて
  今は心込めて言おう
  君に会えて良かった」
 Same to you!
 ――『エリザベート』(2016)のフランツ・ヨーゼフ役を演じて、一幕ラスト、「♪君の手紙 何度も読んだよ」と歌う背中からあふれた思い、忘れない。
 イアン・フレミングの『007/カジノ・ロワイヤル』が原作。脚本・演出は小池修一郎、主人公のジェームズ・ボンドを演じるのはこの作品をもって退団する宙組トップスター真風涼帆。オリジナルの設定やオリジナル・キャラクターも登場、退団作にふさわしく、真風が宝塚人生において演じてきた作品や役柄を思い起こさせる趣向が凝らされている。加えて、演出家自身がこれまでの宝塚人生において創り出してきたさまざまな作品と、それらの作品を彩ってきた音楽を思い起こさせるところも多々あり、どこを切っても小池修一郎ワールド。しかもそれがコミカル・タッチで展開されていくので、事前の予想を裏切るまさかの爆笑展開に。例えば、ロマノフ家の家長後継者を狙うゲオルギー・ロマノヴィッチ・ロマノフ大公(寿つかさ)が歌うのは小池が潤色・演出を手がけたウィーン・ミュージカル『エリザベート』の「闇が広がる」のパロディ曲だし、ロマノフ家の公女デルフィーヌ(潤花)とその恋人である学生運動過激派リーダーのミシェル・バロー(桜木みなと)がテラスで繰り広げる場面はやはり小池が潤色・演出を手がけたフレンチ・ミュージカル『ロミオとジュリエット』のバルコニー・シーンを思い起こさせる。二幕では、これまた小池が潤色・演出を手がけたブロードウェイ・ミュージカル『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』の名ゼリフ「夫婦の会話は家でやれ」を用いてツッコミを入れたくなるシーンが二度ほど。そんなコメディ展開ゆえ、トップスター退団作といってもヘビーに湿っぽくはならず、大いに笑って、でも、やはりこめられている惜別の念に涙して、――これまで、宝塚の劇場で、楽しい時間を一緒に過ごしてこられてよかったな……と、明るく前を向いて晴れやかな気持ちになれるような舞台に仕上がっている(二幕における、若翔りつ扮するドクトル・ツバイシュタインをめぐる展開は、マイケル・フレインの傑作戯曲『コペンハーゲン』を愛する人間としては……でしたが)。
 そんな作品において、桜木みなとの演技が光った。昨年の小池修一郎作品『NEVER SAY GOODBYE』ではちょっとマッドな独裁者を好演したのも記憶に新しいところ。桜木演じるミシェルは、学生運動に挫折し、KGBのエージェントであるル・シッフル(芹香斗亜)の一派に組み入れられてしまうこととなる。そしてそこで、ル・シッフルの元愛人で今はその片腕となっているアナベル(天彩峰里)と恋に落ちる。桜木は、理想に破れたダメ男の情けなさを憎めない愛嬌に転じさせる演技で、男役としての魅力を発揮した――桜木が歌う「夢醒めて」は、『THE SCARLET PIMPERNEL』の「栄光の日々」の流れにある曲である。ボンドとル・シッフルのクライマックスの対決前シーンでは、飾られていた甲冑をこっそり身にまとってのとぼけた動きで大いに笑いを誘った。フィナーレの男役群舞でも、これまで宝塚の舞台を彩ってきたさまざまな男役スターたちの魅力を感じさせる踊りを披露。そんな桜木と、アナベル役の天彩との掛け合いもよかった。天彩は、ル・シッフルが経営するナイト・クラブの歌姫として登場し、二幕では『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』の悪女ドロンジョをどこか思い起させる衣装で鞭をふるったりする活躍。フランス情報局セデスの諜報部員ルネ・マティスを演じた瑠風輝は舞台での存在感が増した感あり。
 ル・シッフル役の芹香斗亜は、私が観た日は役柄にいまいち乗り切れていないような感じもしたけれども、充実の二番手生活を経て次作から満を持してトップスターになるわけで、今後に大いに期待したい。ガンバ!

 退団作でまさかの『エリザベート』のルドルフのパロディを軽妙に見せた寿つかさは、長年宙組を組長として率いてきた。スター組長である。男役としての颯爽としたダンスは組のお手本となってきたし、『アナスタシア』(2020−2021)ではマリア皇太后役を演じて作品に奥行きを与えた。今回のフィナーレでも、フィーチャー・シーンで颯爽とした踊りを観客の記憶に焼き付けた。
 同じく退団の紫藤りゅう。彼女は、昨年6月の東京ガーデンシアター公演『FLY WITH ME』で「Y.M.C.A」を歌っていた。そのころ私は、舞台上の演者と客席とが懐メロをいかに分かち合えるか、年齢層にまつわるそんな問題についてちょうど考えていたのだけれども、舞台上の彼女の姿から、「Y.M.C.A」は世代を超えて分かち合えるナンバーであることを確認――ちなみに、西城秀樹が「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」の題でカバーしたこの曲は、私も子供のころ学校で歌い踊った記憶があるが、日本においては、若さ、青春のすばらしさを讃える歌としての印象が強い。紫藤は、今回の作品では軟派でモテモテのCIA諜報部員フェリックス・ライター役に扮し、男役としての甘やかな魅力を見せた。

 潤花。
 宙組トップ娘役就任後、肝っ玉ヒロイン街道(好きでした)を大驀進で来たのが、宝塚生活最終ラウンドで停滞を見せた。それが、退団後も演じる人生を歩んでいくのであろう人の、未来へとつながっていく課題なのかもしれないから。
 その度胸でこれからもガンバ!

 『カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜』千秋楽の公演が幸せなものとなりますよう。
 11時の部観劇。祈りのような作品、見応えあり。