イアン・フレミングの『007/カジノ・ロワイヤル』が原作。脚本・演出は小池修一郎、主人公のジェームズ・ボンドを演じるのはこの作品をもって退団する宙組トップスター真風涼帆。オリジナルの設定やオリジナル・キャラクターも登場、退団作にふさわしく、真風が宝塚人生において演じてきた作品や役柄を思い起こさせる趣向が凝らされている。加えて、演出家自身がこれまでの宝塚人生において創り出してきたさまざまな作品と、それらの作品を彩ってきた音楽を思い起こさせるところも多々あり、どこを切っても小池修一郎ワールド。しかもそれがコミカル・タッチで展開されていくので、事前の予想を裏切るまさかの爆笑展開に。例えば、ロマノフ家の家長後継者を狙うゲオルギー・ロマノヴィッチ・ロマノフ大公(寿つかさ)が歌うのは小池が潤色・演出を手がけたウィーン・ミュージカル『エリザベート』の「闇が広がる」のパロディ曲だし、ロマノフ家の公女デルフィーヌ(潤花)とその恋人である学生運動過激派リーダーのミシェル・バロー(桜木みなと)がテラスで繰り広げる場面はやはり小池が潤色・演出を手がけたフレンチ・ミュージカル『ロミオとジュリエット』のバルコニー・シーンを思い起こさせる。二幕では、これまた小池が潤色・演出を手がけたブロードウェイ・ミュージカル『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』の名ゼリフ「夫婦の会話は家でやれ」を用いてツッコミを入れたくなるシーンが二度ほど。そんなコメディ展開ゆえ、トップスター退団作といってもヘビーに湿っぽくはならず、大いに笑って、でも、やはりこめられている惜別の念に涙して、――これまで、宝塚の劇場で、楽しい時間を一緒に過ごしてこられてよかったな……と、明るく前を向いて晴れやかな気持ちになれるような舞台に仕上がっている(二幕における、若翔りつ扮するドクトル・ツバイシュタインをめぐる展開は、マイケル・フレインの傑作戯曲『コペンハーゲン』を愛する人間としては……でしたが)。
 そんな作品において、桜木みなとの演技が光った。昨年の小池修一郎作品『NEVER SAY GOODBYE』ではちょっとマッドな独裁者を好演したのも記憶に新しいところ。桜木演じるミシェルは、学生運動に挫折し、KGBのエージェントであるル・シッフル(芹香斗亜)の一派に組み入れられてしまうこととなる。そしてそこで、ル・シッフルの元愛人で今はその片腕となっているアナベル(天彩峰里)と恋に落ちる。桜木は、理想に破れたダメ男の情けなさを憎めない愛嬌に転じさせる演技で、男役としての魅力を発揮した――桜木が歌う「夢醒めて」は、『THE SCARLET PIMPERNEL』の「栄光の日々」の流れにある曲である。ボンドとル・シッフルのクライマックスの対決前シーンでは、飾られていた甲冑をこっそり身にまとってのとぼけた動きで大いに笑いを誘った。フィナーレの男役群舞でも、これまで宝塚の舞台を彩ってきたさまざまな男役スターたちの魅力を感じさせる踊りを披露。そんな桜木と、アナベル役の天彩との掛け合いもよかった。天彩は、ル・シッフルが経営するナイト・クラブの歌姫として登場し、二幕では『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』の悪女ドロンジョをどこか思い起させる衣装で鞭をふるったりする活躍。フランス情報局セデスの諜報部員ルネ・マティスを演じた瑠風輝は舞台での存在感が増した感あり。
 ル・シッフル役の芹香斗亜は、私が観た日は役柄にいまいち乗り切れていないような感じもしたけれども、充実の二番手生活を経て次作から満を持してトップスターになるわけで、今後に大いに期待したい。ガンバ!

 退団作でまさかの『エリザベート』のルドルフのパロディを軽妙に見せた寿つかさは、長年宙組を組長として率いてきた。スター組長である。男役としての颯爽としたダンスは組のお手本となってきたし、『アナスタシア』(2020−2021)ではマリア皇太后役を演じて作品に奥行きを与えた。今回のフィナーレでも、フィーチャー・シーンで颯爽とした踊りを観客の記憶に焼き付けた。
 同じく退団の紫藤りゅう。彼女は、昨年6月の東京ガーデンシアター公演『FLY WITH ME』で「Y.M.C.A」を歌っていた。そのころ私は、舞台上の演者と客席とが懐メロをいかに分かち合えるか、年齢層にまつわるそんな問題についてちょうど考えていたのだけれども、舞台上の彼女の姿から、「Y.M.C.A」は世代を超えて分かち合えるナンバーであることを確認――ちなみに、西城秀樹が「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」の題でカバーしたこの曲は、私も子供のころ学校で歌い踊った記憶があるが、日本においては、若さ、青春のすばらしさを讃える歌としての印象が強い。紫藤は、今回の作品では軟派でモテモテのCIA諜報部員フェリックス・ライター役に扮し、男役としての甘やかな魅力を見せた。

 潤花。
 宙組トップ娘役就任後、肝っ玉ヒロイン街道(好きでした)を大驀進で来たのが、宝塚生活最終ラウンドで停滞を見せた。それが、退団後も演じる人生を歩んでいくのであろう人の、未来へとつながっていく課題なのかもしれないから。
 その度胸でこれからもガンバ!

 『カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜』千秋楽の公演が幸せなものとなりますよう。
 11時の部観劇。祈りのような作品、見応えあり。
 まさかのコメディ展開なれど、宙組トップスター真風涼帆の退団作としての仕掛けもあれこれあって、笑ったり泣いたり心が忙しく。
 灰原薬の同名漫画が原作の『応天の門』の脚本・演出は田渕大輔。宝塚作品として楽しめる舞台に仕上がっていた。菅原道真(月城かなと)と在原業平(鳳月杏)がタッグを組み、唐から渡ってきた昭姫(海乃美月)の力も借りて怪事件を解決していくという展開だが、在原業平と藤原高子を芯に据えた柴田侑宏の傑作『花の業平−忍ぶの乱れ―』(2001)をも連想させて。おどろおどろしいシーンと明るいシーン、大勢口の場面と一人の場面のバランスも取れている。トップコンビが演じるのが、学問には通じているが世事には疎い主人公と、異国から渡ってきて世間を知る女性という関係性であるのもおもしろい。月城はキャラクターのつかみ方が上手く、斜に構えたと見せて心に理想を燃やし、人を食ったような賢さと若々しさをもった主人公が人との関わりを経て成長していく様をきっちり構築。私が観た日はセリフの息継ぎが少し気になったが、海乃がテンポよくセリフを返して呼吸を整え、芝居の流れを作っていったことに頼もしさを感じた。海乃は、芝居もショーも、娘役トップとしての立場で自分の個性を発揮できるようになってきたのがいい。在原業平役の鳳月に軽妙な色気。藤原基経役の風間柚乃からは芝居をさらに追求したいとの強い思いを感じる。藤原高子役の天紫珠李はしっとりした演技。藤原常行役の礼華はるも目を引く存在となってきた。……この公演だけ、スキンヘッドの男性が特別出演しているのかな……と思うほど、昭姫の店の用心棒・大拙役の大楠てらが、むくつけき男性を体現――雪組『CITY HUNTER−盗まれたXYZ−』(2021)のバンダナ姿の海坊主(縣千)の発展形と感じた。
 主題歌を口ずさみながらステップを踏みたくなる『Deep Sea−海神たちのカルナバル−』(作・演出:稲葉太地)は、海底の奥深く、地球のマントルに近い場所で繰り広げられるカルナバルという設定が斬新。退団者たちの餞の踊りが設けられているのが、マントルのエネルギーを表現するシーンというのもおもしろい。<フィナーレB>でカルナバルが終わるさみしさが漂うあたりに、名作ラテン・ショー『ノバ・ボサ・ノバ―盗まれたカルナバル―』にも通じる味わい。月城と女装の鳳月が踊り、風間が歌う場面に妖しさ。銀橋渡りの礼華に華やかな魅力。礼華は若手が芯となる激しいダンス・シーンでもエネルギーを発揮していた。プロローグ後まもなくラインダンスを展開、「ラインダンス、早!」と観客を驚かせた星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』以降、ショー作品におけるラインダンスの位置を非常に興味深く感じる。

 “芝居の月組”の伝統を受け継ぐ芝居巧者であり、組長として組をまとめてきた光月るうは、今回の公演でも芝居に歌に活躍。ベテランとなってもかわいらしさの残る男役だった千海華蘭が、退団公演で演じるのが子役の清和帝というのもこの人らしく、声色に工夫があった。朝霧真は基経の手下・黒炎役で影の魅力を発揮。結愛かれんは舞師の大師役で緊迫のシーンを彩った。宝塚生活最後の日、みんなENJOY!
 2022年12月6日視聴。
『ブラック・ジャック 危険な賭け─手恷。虫原作「ブラック・ジャック」より─』の作・演出は正塚晴彦で、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』をもとにしたオリジナル脚本。作品の初演は1994年、宝塚大劇場近くの「宝塚市立手塚治虫記念館」開館記念公演だった(宝塚市出身である手塚治虫と宝塚歌劇との関わりについては中野晴行著『手塚治虫のタカラヅカ』に詳しい)。2022年は、歌舞伎座で手塚作品が原作である新作歌舞伎『新選組』が上演されたこともあって、昔読んだ手塚作品に覚えたどこか不思議な違和感を改めて思い起こし、そんな作品を生んだ第二次世界大戦後の日本社会について改めて考えた年だった――例えば、『鉄腕アトム』の後日譚的な『アトムの最後』は、「♪ラララ 科学の子」なるほがらかなアニメ版の主題歌とはかけ離れた絶望的な物語が展開されるディストピアで、読んだことを後悔したほど心に突き刺さったことを思い出した――。そんな手塚作品をもとにした『ブラック・ジャック 危険な賭け』を観て、宝塚歌劇もまた、戦後の時代を乗り越えてきた文化であることを思った。
 主人公の無免許医ブラック・ジャックを演じる月城かなとは、名曲「かわらぬ思い」で力強い歌唱を披露、ニヒルな人物を的確に造形。英国情報部のアイリス中尉に扮した海乃美月にきりっとした美しさ。凛城きらは、専科入りしてから宙組『バロンの末裔』、月組『ブエノスアイレスの風』、そしてこの『ブラック・ジャック 危険な賭け』と正塚作品に連続出演、どこか飄々ととぼけて人生を見つめるような味わいある佇まいが魅力。ブラック・ジャックに食い下がるシーンで医師ベリンダ役の結愛かれんがシャープな芝居。正塚演出により、月組生たちが芝居の楽しさに改めて目覚めた感あり。
 『FULL SWING!』(作・演出:三木章雄)では、月城がトップスターとして大いに安定感を発揮。海乃も余裕をもって舞台を楽しめるようになってきた印象。この前の作品である『グレート・ギャツビー』のフィナーレのデュエットダンスでは、ファンキックをしながらのスカートさばきにこれぞ月組娘役の魅力を見せたが、『FULL SWING!』の終盤のデュエットダンスでも、一部だけチュール使いになったスカートのさばき方がすばらしかった。月城、風間柚乃と並ぶとクラシックな香り。結愛もキュートさを発揮していた。
 11時の部観劇。『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』で勢いに乗った星組生から快演怪演飛び出し、専科の英真なおき、紫門ゆりやががっちりサポート。――本気の演技で心は動く。まだまだ行ける!
 宝塚って楽しい! と思える2本立て。トップコンビ月城かなと&海乃美月をはじめ、もっといい演技を……との月組生たちの飽くなき向上心が観ていて清々しい『応天の門』。『Deep Sea』は、帰りには絶対「♪Deep Sea〜」と主題歌『Prologue 海神たちのカルナバル』を口ずさんでしまうこと請け合いの、ノリも景気もいいショー。こんなに熱い生の祝祭を週に10回もやっているなんて、出演者もオーケストラも気力体力、すごいな……と改めて。
 クロード・アネの小説『マイヤーリンク』を原作とする『うたかたの恋』(脚本:柴田侑宏)は、1983年の初演以来何度も再演を重ねてきた人気作(今回の潤色・演出は小柳奈穂子)。オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフ(柚香光)と男爵令嬢マリー・ヴェッツェラ(星風まどか)はいかにして心中へと至ったか――。劇中劇『ハムレット』のタイトルロールをルドルフ役者が二役で演じる構成をなくしてしまったため、その後の『ハムレット』にまつわるセリフ諸々が効かなくなっているような……。何だか、観ていて、……この二人、30歳と17歳だよなあ……とか、それぞれの心にあったかもしれない思惑であるとか、そういうものをついつい考えてしまい、でも、宝塚の様式美とリアルな心理描写とを己の男役としての身体の内につなぎ合わせようとする柚香の奮闘を見守るうち、有名な主題歌「うたかたの恋」が流れるラストで心ががーっと持っていかれるという。
 『ENCHANTEMENT(アンシャントマン)−華麗なる香水(パルファン)−』は、香水をテーマに、野口幸作が作・演出を手がけたレヴュー。嗅覚に訴えかける香水をヴィジュアル・イメージとして提示する難しさも感じたが、品よくまとまっている。オリエンタル・ムードの中詰“Middle Note”に新鮮味。柚香&星風コンビが、デュエットダンスで難しいリフトを披露。「Woody & Marine」の場面で、星空美咲が大いに魅力をはじけさせた。専科に異動後、水美舞斗が花組男役の粋を広く伝えていく姿に期待したい。
 本日の千秋楽をもって退団する華雅りりかは、娘役として一時落ち着いたたたずまいを見せ、その後若手の如き勢いを見せ、その両面を統合して今日に至った感がある。『うたかたの恋』では、ルドルフの母である皇后エリザベート役で彼女らしい芯の強さを発揮していた。
 2022年8月4日視聴。『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』の作・演出は生田大和。19世紀初頭のパリ、時代の寵児としてもてはやされるピアニスト、フランツ・リスト(柚香光)は、自分について書かれた批評を読んで衝撃を受け、その書き手であるマリー・ダグー伯爵夫人(星風まどか)を訪ねる。リストとマリーは駆け落ちし、愛の日々を送るが、リストはやがて演奏活動に戻り、マリーは共和主義運動のルポルタージュを書くこととなる。勲章をぶら下げ演奏するリストと、新しい社会を求めて闘う人々の姿を見つめるマリー、二人の思いはすれ違っていき――。二人のロマンスを中心に、フレデリック・ショパン(水美舞斗)やジョルジュ・サンド(永久輝せあ)といった芸術家たちをも絡めて描く。物語終盤、リストがマリーやショパンと幻の会話を交わすあたりは、『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』(2021)の趣向にも似て。柚香はスター・ピアニストの自らへの陶酔ぶりをキラキラと描き出し、星風は行き場のない思いを抱えた女性をしっとりと演じた。ショパンに扮した水美にやわらかさ。永久輝演じるサンドは、リストの「野心」――演出家が追求するテーマの一つである――をかきたてる役どころ。共和主義運動のラップの歌を任されたエミール・ド・ジラルダン役の聖乃あすかが、強靭な鋼を思わせる魅力を見せた。
 『Fashionable Empire』の作・演出は稲葉太地。色使い等にもう少し引き算が欲しいような……。主題歌『Welcome to Fashionable Empire』の『♪この手を取るか取らないか/(中略)/お前に決めてほしい』にも、……いや、そこは花組男役、花組娘役にピシッと決めてほしい〜と。フィナーレでコートを翻し踊る柚香が”Fashionable”。星風に包容力。水美は、追い求める男役芸がその身体にしっくり馴染んできた。「SUNNY」に乗り、芯となって踊る場面で求心力を発揮するなど、聖乃が勢いを感じさせた。
 2月22日13時半の部観劇。宝塚歌劇における伝統の継承について示唆に富む二本立てで、花組トップスター柚香光がさすがの胆力と魅力を発揮。