まさかのコメディ展開なれど、宙組トップスター真風涼帆の退団作としての仕掛けもあれこれあって、笑ったり泣いたり心が忙しく。
 灰原薬の同名漫画が原作の『応天の門』の脚本・演出は田渕大輔。宝塚作品として楽しめる舞台に仕上がっていた。菅原道真(月城かなと)と在原業平(鳳月杏)がタッグを組み、唐から渡ってきた昭姫(海乃美月)の力も借りて怪事件を解決していくという展開だが、在原業平と藤原高子を芯に据えた柴田侑宏の傑作『花の業平−忍ぶの乱れ―』(2001)をも連想させて。おどろおどろしいシーンと明るいシーン、大勢口の場面と一人の場面のバランスも取れている。トップコンビが演じるのが、学問には通じているが世事には疎い主人公と、異国から渡ってきて世間を知る女性という関係性であるのもおもしろい。月城はキャラクターのつかみ方が上手く、斜に構えたと見せて心に理想を燃やし、人を食ったような賢さと若々しさをもった主人公が人との関わりを経て成長していく様をきっちり構築。私が観た日はセリフの息継ぎが少し気になったが、海乃がテンポよくセリフを返して呼吸を整え、芝居の流れを作っていったことに頼もしさを感じた。海乃は、芝居もショーも、娘役トップとしての立場で自分の個性を発揮できるようになってきたのがいい。在原業平役の鳳月に軽妙な色気。藤原基経役の風間柚乃からは芝居をさらに追求したいとの強い思いを感じる。藤原高子役の天紫珠李はしっとりした演技。藤原常行役の礼華はるも目を引く存在となってきた。……この公演だけ、スキンヘッドの男性が特別出演しているのかな……と思うほど、昭姫の店の用心棒・大拙役の大楠てらが、むくつけき男性を体現――雪組『CITY HUNTER−盗まれたXYZ−』(2021)のバンダナ姿の海坊主(縣千)の発展形と感じた。
 主題歌を口ずさみながらステップを踏みたくなる『Deep Sea−海神たちのカルナバル−』(作・演出:稲葉太地)は、海底の奥深く、地球のマントルに近い場所で繰り広げられるカルナバルという設定が斬新。退団者たちの餞の踊りが設けられているのが、マントルのエネルギーを表現するシーンというのもおもしろい。<フィナーレB>でカルナバルが終わるさみしさが漂うあたりに、名作ラテン・ショー『ノバ・ボサ・ノバ―盗まれたカルナバル―』にも通じる味わい。月城と女装の鳳月が踊り、風間が歌う場面に妖しさ。銀橋渡りの礼華に華やかな魅力。礼華は若手が芯となる激しいダンス・シーンでもエネルギーを発揮していた。プロローグ後まもなくラインダンスを展開、「ラインダンス、早!」と観客を驚かせた星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』以降、ショー作品におけるラインダンスの位置を非常に興味深く感じる。

 “芝居の月組”の伝統を受け継ぐ芝居巧者であり、組長として組をまとめてきた光月るうは、今回の公演でも芝居に歌に活躍。ベテランとなってもかわいらしさの残る男役だった千海華蘭が、退団公演で演じるのが子役の清和帝というのもこの人らしく、声色に工夫があった。朝霧真は基経の手下・黒炎役で影の魅力を発揮。結愛かれんは舞師の大師役で緊迫のシーンを彩った。宝塚生活最後の日、みんなENJOY!
 2022年12月6日視聴。
『ブラック・ジャック 危険な賭け─手恷。虫原作「ブラック・ジャック」より─』の作・演出は正塚晴彦で、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』をもとにしたオリジナル脚本。作品の初演は1994年、宝塚大劇場近くの「宝塚市立手塚治虫記念館」開館記念公演だった(宝塚市出身である手塚治虫と宝塚歌劇との関わりについては中野晴行著『手塚治虫のタカラヅカ』に詳しい)。2022年は、歌舞伎座で手塚作品が原作である新作歌舞伎『新選組』が上演されたこともあって、昔読んだ手塚作品に覚えたどこか不思議な違和感を改めて思い起こし、そんな作品を生んだ第二次世界大戦後の日本社会について改めて考えた年だった――例えば、『鉄腕アトム』の後日譚的な『アトムの最後』は、「♪ラララ 科学の子」なるほがらかなアニメ版の主題歌とはかけ離れた絶望的な物語が展開されるディストピアで、読んだことを後悔したほど心に突き刺さったことを思い出した――。そんな手塚作品をもとにした『ブラック・ジャック 危険な賭け』を観て、宝塚歌劇もまた、戦後の時代を乗り越えてきた文化であることを思った。
 主人公の無免許医ブラック・ジャックを演じる月城かなとは、名曲「かわらぬ思い」で力強い歌唱を披露、ニヒルな人物を的確に造形。英国情報部のアイリス中尉に扮した海乃美月にきりっとした美しさ。凛城きらは、専科入りしてから宙組『バロンの末裔』、月組『ブエノスアイレスの風』、そしてこの『ブラック・ジャック 危険な賭け』と正塚作品に連続出演、どこか飄々ととぼけて人生を見つめるような味わいある佇まいが魅力。ブラック・ジャックに食い下がるシーンで医師ベリンダ役の結愛かれんがシャープな芝居。正塚演出により、月組生たちが芝居の楽しさに改めて目覚めた感あり。
 『FULL SWING!』(作・演出:三木章雄)では、月城がトップスターとして大いに安定感を発揮。海乃も余裕をもって舞台を楽しめるようになってきた印象。この前の作品である『グレート・ギャツビー』のフィナーレのデュエットダンスでは、ファンキックをしながらのスカートさばきにこれぞ月組娘役の魅力を見せたが、『FULL SWING!』の終盤のデュエットダンスでも、一部だけチュール使いになったスカートのさばき方がすばらしかった。月城、風間柚乃と並ぶとクラシックな香り。結愛もキュートさを発揮していた。
 11時の部観劇。『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』で勢いに乗った星組生から快演怪演飛び出し、専科の英真なおき、紫門ゆりやががっちりサポート。――本気の演技で心は動く。まだまだ行ける!
 宝塚って楽しい! と思える2本立て。トップコンビ月城かなと&海乃美月をはじめ、もっといい演技を……との月組生たちの飽くなき向上心が観ていて清々しい『応天の門』。『Deep Sea』は、帰りには絶対「♪Deep Sea〜」と主題歌『Prologue 海神たちのカルナバル』を口ずさんでしまうこと請け合いの、ノリも景気もいいショー。こんなに熱い生の祝祭を週に10回もやっているなんて、出演者もオーケストラも気力体力、すごいな……と改めて。
 クロード・アネの小説『マイヤーリンク』を原作とする『うたかたの恋』(脚本:柴田侑宏)は、1983年の初演以来何度も再演を重ねてきた人気作(今回の潤色・演出は小柳奈穂子)。オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフ(柚香光)と男爵令嬢マリー・ヴェッツェラ(星風まどか)はいかにして心中へと至ったか――。劇中劇『ハムレット』のタイトルロールをルドルフ役者が二役で演じる構成をなくしてしまったため、その後の『ハムレット』にまつわるセリフ諸々が効かなくなっているような……。何だか、観ていて、……この二人、30歳と17歳だよなあ……とか、それぞれの心にあったかもしれない思惑であるとか、そういうものをついつい考えてしまい、でも、宝塚の様式美とリアルな心理描写とを己の男役としての身体の内につなぎ合わせようとする柚香の奮闘を見守るうち、有名な主題歌「うたかたの恋」が流れるラストで心ががーっと持っていかれるという。
 『ENCHANTEMENT(アンシャントマン)−華麗なる香水(パルファン)−』は、香水をテーマに、野口幸作が作・演出を手がけたレヴュー。嗅覚に訴えかける香水をヴィジュアル・イメージとして提示する難しさも感じたが、品よくまとまっている。オリエンタル・ムードの中詰“Middle Note”に新鮮味。柚香&星風コンビが、デュエットダンスで難しいリフトを披露。「Woody & Marine」の場面で、星空美咲が大いに魅力をはじけさせた。専科に異動後、水美舞斗が花組男役の粋を広く伝えていく姿に期待したい。
 本日の千秋楽をもって退団する華雅りりかは、娘役として一時落ち着いたたたずまいを見せ、その後若手の如き勢いを見せ、その両面を統合して今日に至った感がある。『うたかたの恋』では、ルドルフの母である皇后エリザベート役で彼女らしい芯の強さを発揮していた。
 2022年8月4日視聴。『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』の作・演出は生田大和。19世紀初頭のパリ、時代の寵児としてもてはやされるピアニスト、フランツ・リスト(柚香光)は、自分について書かれた批評を読んで衝撃を受け、その書き手であるマリー・ダグー伯爵夫人(星風まどか)を訪ねる。リストとマリーは駆け落ちし、愛の日々を送るが、リストはやがて演奏活動に戻り、マリーは共和主義運動のルポルタージュを書くこととなる。勲章をぶら下げ演奏するリストと、新しい社会を求めて闘う人々の姿を見つめるマリー、二人の思いはすれ違っていき――。二人のロマンスを中心に、フレデリック・ショパン(水美舞斗)やジョルジュ・サンド(永久輝せあ)といった芸術家たちをも絡めて描く。物語終盤、リストがマリーやショパンと幻の会話を交わすあたりは、『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』(2021)の趣向にも似て。柚香はスター・ピアニストの自らへの陶酔ぶりをキラキラと描き出し、星風は行き場のない思いを抱えた女性をしっとりと演じた。ショパンに扮した水美にやわらかさ。永久輝演じるサンドは、リストの「野心」――演出家が追求するテーマの一つである――をかきたてる役どころ。共和主義運動のラップの歌を任されたエミール・ド・ジラルダン役の聖乃あすかが、強靭な鋼を思わせる魅力を見せた。
 『Fashionable Empire』の作・演出は稲葉太地。色使い等にもう少し引き算が欲しいような……。主題歌『Welcome to Fashionable Empire』の『♪この手を取るか取らないか/(中略)/お前に決めてほしい』にも、……いや、そこは花組男役、花組娘役にピシッと決めてほしい〜と。フィナーレでコートを翻し踊る柚香が”Fashionable”。星風に包容力。水美は、追い求める男役芸がその身体にしっくり馴染んできた。「SUNNY」に乗り、芯となって踊る場面で求心力を発揮するなど、聖乃が勢いを感じさせた。
 2月22日13時半の部観劇。宝塚歌劇における伝統の継承について示唆に富む二本立てで、花組トップスター柚香光がさすがの胆力と魅力を発揮。
 並木陽の小説『斜陽の国のルスダン』を原作とする『ディミトリ〜曙光に散る、紫の花〜』(脚本・演出:生田大和)は、13世紀のジョージア女王ルスダン(舞空瞳)と、ルーム・セルジュークからジョージアへ人質として送られ、ルスダンの夫となって彼女を助けることとなる王子ディミトリ(礼真琴)の波乱の運命を描く作品。ジョージアを舞台にした作品は宝塚歌劇でも珍しく、ジョージアンダンス(振付:ノグチマサフミ)も見応えがあった。太田健による楽曲に壮大さ(指揮:西野淳)。

 『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』(作・演出:齋藤吉正)。名もなき星で生まれたJAGUAR(礼真琴)がクリスタルバード(舞空瞳)に恋をして、彼女、そしてマーリン(暁千星)に奪われた彼女の片翼を追いかけて未知の世界を旅する、そんなストーリー仕立てのショー。電飾がキラキラきらめく中、バッハの「G線上のアリア」から女子プロレスラーのジャガー横田が1983年にリリースした「愛のジャガー」(石原信一による「♪愛は惜しみなく奪うもの」なる歌詞に、有島武郎だ! と)まで、実に多彩な楽曲とオリジナル・ナンバーで55分間を疾走していく(作曲・編曲:手島恭子、青木朝子、長谷川雅大、多田里紗。指揮:西野淳)。場面ごとの区切りがほとんどないように感じられるため、体感時間、あっという間。
 シーンにもキャラクターにも音楽にも歌詞にも、演出家の過去作の数々がちりばめられている。例えば、主題歌「JAGUAR BEAT」(作詞:齋藤吉正)。
「♪花よ教えておくれ 愛とはなんだ
  月よ教えておくれ 照らす道の彼方
  雪よ教えておくれ あの声は誰
  宙よ教えてくれ
  満天の星よ教えてくれ
  俺のSTORY」
 手島恭子作曲のせつないメロディに乗って、たたみかけるように、かみしめるように、花、月、雪、星、宙、宝塚全5組への言及がなされるこのくだりにおいて、齋藤は、問いかけ、問いかけ歩んできた、宝塚の座付き作家としての自身の軌跡を振り返る。「満天の星」は、演出家が宙組で手がけた『満天星大夜總会―THE STAR DUST PARTY―』(2003)と、今の星組の状態との掛詞。「月よ教えておくれ 照らす道の彼方」については、夫の指摘により気づいたのだが、齋藤が月組で手がけた『Misty Station−霧の終着駅−』(2012)と二本立てで上演された『エドワード8世−王冠を賭けた恋−』のナンバー「退位の歌」の「♪私だけの遥かに続く道 信じよう その彼方に君がいるのなら」(作詞:大野拓史)を想起させる。「あの声は誰」だったんでしょうね……。それはさておき。過去作をちりばめながらも、それが決して単なる回顧、懐古ではなく、まだ見ぬ未来へとこれからも大いに羽ばたいていく決意と希望を感じさせるところがいい。
 クライマックスの第23場で、――はっきり、幻覚を見た。銀橋前を駆け抜けていくホログラムの如きジャガーの姿。その背中に、バード。先端技術を用いなくても人間の感覚は拡張され得るのだなと……。帰宅後。ふとした瞬間に、演出家の過去作の音楽的記憶が、後から後からとめどなく甦ってくる。齋藤吉正作品は中毒性が高いことで知られているが、その後一週間ほど、1月2日にNHKで放送された録画を毎日観ないとおさまらない状態になった。そんな作品の奥深い魅力についてはまだまだ探究を続けたく。
 JAGUAR役の礼真琴の「かわいい+かっこいい=かわいかっこいい」個性が存分に引き出され、クリスタルバード役の舞空瞳は全編通してかわいさ爆発。演出家の過去作の数々のキャラクターが投影されたバファロー役の瀬央ゆりあは、齋藤作品と相性がいいところを発揮。物語をかき回すマーリン役の暁千星のクールな美しさ。そして、星組生たちの輝き。第23場で、本日の千秋楽をもって退団する遥斗勇帆が、高らかに歌い上げる――そのとき、その組に在籍する生徒たちを舞台上で最大限に輝かせる、それが宝塚歌劇の座付き作家の務めである。そんな演出家の心の叫びが聞こえてくるようである。
 作・演出は指田珠子。第一幕は“毒”が綺麗に昇華されている作品なのだけれども。装置(國包洋子)、衣装(加藤真美)が優美。音楽的な試みもおもしろい(作曲・編曲:青木朝子、多田里紗)。
 主人公ヨハン・ストルーエンセを演じる朝美絢は、もっと強い性格付けが欲しいような。フィナーレでぐっと求心力を発揮したところはとてもよかった。

(2月8日13時の部、KAAT神奈川芸術劇場ホール>