作・演出は齋藤吉正。創造に人生をかけてきた人間の成長譚であり、優れた宝塚歌劇論でもあると同時に、過去・現在・未来において宝塚歌劇を愛するすべての人々を大きな愛で包み込む、傑作ショー作品!
 朝6時15分〜7時45分、星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』の放送があります。
 ベストは、宙組『NEVER SAY GOODBYE−ある愛の軌跡−』(作・演出:小池修一郎、作曲:フランク・ワイルドホーン)&月組『グレート・ギャツビー−F・スコット・フィッツジェラルド作“The Great Gatsby”より−』(脚本・演出:小池修一郎)。主演の宙組・真風涼帆、月組・月城かなとの輝き。
 ショー・ジャンルのベストは、宙組『Capricciosa!!−心のままに−』(作・演出:藤井大介)。
 本公演(本拠地である宝塚大劇場&東京宝塚劇場での公演)以外の劇場公演のベストとしては、配信視聴となったが、花組『TOP HAT』(梅田芸術劇場メインホール、脚本・演出:齋藤吉正)。
 『NEVER SAY GOODBYE』でちょっとマッドな権力者、主演作『カルト・ワイン』でワインを偽造する詐欺師、『HiGH&LOW−THE PREQUEL−』で不良をはかなげに演じた宙組の桜木みなとに、敢闘賞。独特の雰囲気を濃厚に香らせる男役・紫吹淳の主演で1998年に初演された作品を、今の時代を生きる感性と思考、そして人物を細やかに構築する演技力で蘇らせた月組『ブエノスアイレスの風−光と影の狭間を吹き抜けてゆく…−』(作・演出:正塚晴彦)主演の暁千星(現星組)に、技能賞。
 2023年の宝塚歌劇の舞台も希望と幸せに満ちたものでありますように。
 原作は、清代の中国を舞台にした浅田次郎の長編歴史小説『蒼穹の昴』。脚本・演出は原田諒。
 専科のベテラン勢の芸が楽しめる作品。カッサンドラをも思い起こさせる、星占いの秘術をもつ老女・白太太役の京三紗の演技。伊藤博文役の汝鳥伶の慈愛に満ちた演技に、生き抜くことの大切さを思い。西太后を演じる一樹千尋は、妖艶にして、ときに主人公のようにも見える堂々たる存在感を発揮――その心、思いやり、“稀代の悪女”とされる人間の異なる一面を描き出した。大学者として国に対する瑞々しい思いを感じさせる夏美ようの楊喜驕B悪役に徹した栄禄役の悠真倫。凪七瑠海は李鴻章役できりっとした魅力を見せた。雪組生では、自宮して宦官となり西太后に仕える李春児を演じた朝美絢が、持ち前の人懐っこい魅力を見せ、京劇の場面でも熱演。進士・順桂役の和希そらが静かなたたずまいの中に燃やす闘志。そして、譚嗣同役の諏訪さきが、この作品をもって退団となる朝月希和演じるヒロイン李玲玲を愛する役どころで、男役としての包容力を大いに発揮する好演を見せた。朝月は、フィナーレの彩風咲奈とのデュエットダンスでの背中の反りがすごかった。ショースターであるだけに、一本物作品での退団は惜しい――退団後、宝塚でトップ娘役を務めた経験を活かして、その芸がますます磨かれていくのを楽しみにしている。宝塚を愛する心で、舞台と客席をいい感じにつないでいた千風カレンもこの作品で卒業である。紫禁城での華やかな舞踊シーンで個性と輝きを振りまいていた。
 8月28日視聴。
 持って行き場のないやるせない感情、愛。新口村の場面での、孫右衛門役汝鳥伶の酸いも甘いも嚙み分けた演技がとてもよかった。
 第二幕の道行の場面だが、舞台上に<千日前>と札が出て忠兵衛と梅川が駕籠を降りる。続いて<道頓堀>と出て、そこに「愛染明王」がある。原作及び現代語訳に当たってみたが、愛染明王すなわち愛染堂勝鬘院(所在地は大阪市天王寺区)において、道頓堀の人々について触れているくだりはある。また、梅川のいた新町遊郭から新口村を目指す場合、千日前まで行ってから道頓堀に戻るのは、追われている二人にとっては時間のロスのように思われ、何だかもやもやする。

参照:新編日本古典文学全集 (74)『近松門左衛門集(1)』(小学館)
  『曾根崎心中 冥途の飛脚 心中天の網島 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫)
 進化し続ける月組トップコンビ、月城かなと&海乃美月を中心に、フレッシュな活躍も目立つ楽しい二本立て公演でした。後日ゆっくり書きます〜。
 ブラック・ジャックなる存在に仮託された死生観をかみしめながら観ており。
 月組全国ツアー福岡市民会館公演『ブラック・ジャック 危険な賭け』『FULL SWING!』ライブ配信観ます。
 『HiGH&LOW−THE PREQUEL−』は、テレビドラマや映画等、さまざまなメディアで展開されているEXILE TRIBEの総合エンタテインメント・プロジェクトの宝塚版で、作品群の前日譚をオリジナル・ストーリーで送る(原作・著作・構想:HI-AX、脚本・演出:野口幸作)。6月に東京ガーデンシアターで上演された『FLY WITH ME』(構成・演出:野口幸作)でその予告編たるパートを観たとき、「HiGH&LOW」シリーズについて何も知らなかったあひるは目が点に。
「……ふ、不良の抗争。これを宝塚でやるの?!☆」
 最近の宝塚、攻めすぎである。しかし。攻めの姿勢には慣れている。「不良の抗争と言えば、真風涼帆トップ時代の宙組で『WEST SIDE STORY』(2018)やったっけ……」と、何だか柔軟に受け入れてしまう自分がいた。『FLY WITH ME』では、宙組生たちが “EXILEがよくやる、タイミングを一人ずつずらしてぐるぐる回るダンス”を披露する場面もあったが、大人数で綺麗に回っていて、センターブロックで観ていたら実にド迫力。
 そして、いよいよ東京宝塚劇場に登場した『HiGH&LOW−THE PREQUEL−』と言えば。余命いくばくもないヒロイン・カナ(潤花)が、山王連合会を率いる主人公コブラ(真風涼帆)と一緒に、人生が終わるまでにやりたいことを叶えていくという物語、そこに、ミュージカル『ロミオとジュリエット』風味も加わった構成で、……考えてみれば、『ロミオとジュリエット』にも若者の抗争が描かれているな……と。山王の街に5つの勢力が群雄割拠するという構図も、宝塚の文脈における解釈もでき得るようにも感じた。そして、“清く正しく美しく”の宝塚において不良の抗争を描くという難業に、宙組生たちが演者として堂々挑戦、宝塚作品として見事成立させていた。この舞台がなければ、「HiGH&LOW」シリーズと出会うことも、日本における不良文化について考えることもなかっただろうな……と思う。世界が広がった。
 真風涼帆のコブラの演技には、トッププレお披露目公演『WEST SIDE STORY』でトニーを演じたときより、生のパワーを持て余した若者の心に寄せる深い共感があり、そこに、役者としての大きな成長を感じた。そして、終幕、……俺はこの街を守る……とコブラの心情を歌い上げるとき、男役として、宙組トップスターとして、長年宝塚を守ってきた者の矜持を感じずにはいられなかった。『FLY WITH ME』での予告編を観ていてその活躍を期待させたカナ役の潤花も、せつない発声に人生のはかなさを知る者らしさを感じさせる演技。ボイスレコーダーに残ったカナの声を聞き、物思いにふけるコブラの前に、カナの幽霊が「出ちゃった」と出現するラストは、あまりの唐突さに虚を突かれて一瞬なぜだか笑ってしまい、そして、泣いてしまう……。限りある時間をいかに生きるか、観る者に問いかける刹那。芹香斗亜は“Vシネマの帝王”哀川翔を連想させる風貌で、女性をとことん守り抜くWhite RascalsのリーダーROCKYを飄々と快演。役柄に少々とぼけた味わいがにじむのがその大きな魅力だと思う。RUDE BOYSのリーダー、スモーキー役の桜木みなとは、キレのある踊りのうちにやり場のない憤りを感じさせ、自身が抱える心の葛藤を静かな演技の中に見せた。そして、『FLY WITH ME』における予告編を観ていて、作品の起爆剤になりそうと感じさせた、レディースチーム苺美瑠狂(いちごみるく)の総長純子役の天彩峰里が大暴れ。ピンクの特攻服に身を包んで颯爽と踊る姿のかっこよさに、「自分も純子さんについていくっす!」と忠誠を誓いたくなるものが。天彩は、『夢千鳥』(2021)ではモラハラ夫である画家・竹久夢二の芸術のために愛人をもらい受けにいく妻の役、『プロミセス、プロミセス』(2021)ではモラハラ上司と不倫した挙句自殺未遂を起こすOL役と、宝塚作品のヒロインとしては風変わりな役どころで好演を見せてきた。今回も、……こういうスケバン、いたいた……と思わず頷いてしまう役の造形。娘役の枠を踏み出すような役柄を与えられ、没入して役作りをし、その都度、……娘役って何だろう……と自分に問いかけては芸を磨き上げてきたことは、彼女の大きな強みだと思う。

『Capricciosa!!−心のままに−』はイタリア各地を舞台に送るショー(作・演出:藤井大介)。心でイタリアの上質なジェラートを味わったような、でも舌ではやっぱり味わっていないので観劇後に食べに行きたくなるような、そんな爽快感が残る作品である。次に控える退団作『カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜』が一本物なので、真風涼帆にとっては最後の大劇場ショー作品となるが、過去に藤井大介が手がけてきたトップスターの退団ショーをも思わせるサヨナラ風味が感じられた。それにしても、男役・真風涼帆はどこまでもかっこよく、そこに芹香斗亜、桜木みなととスターが揃い、下級生にも男役としての意気込みが大いに感じられ、娘役も生き生きと個性を発揮して、宙組、非常に盤石である。イタリアを取り上げた宝塚の過去作品へのオマージュもどこか懐かしく感じさせながら、主題歌「Capricciosa!!」を挟みつつ、オペラの楽曲やナポリ民謡等で綴っていく。フィナーレで印象的に響くのは、日本の歌謡曲、ラテン・サウンドが魅力の中森明菜の「ミ・アモーレ」――何だかそれが、この世の他のどこにもない、宝塚ならではの幻想のラテン・ワールドを描き出しているように感じられて。だから、「Capricciosa!!」の一節、「♪カプリチョーザ カプリチョーザ カプリチョーザ」というフレーズを口ずさむと、……心の中に巻き起こる幻想の熱狂の渦に、自分自身が飲み込まれていくような思いさえする。「ミ・アモーレ」に乗って真風涼帆と潤花がデュエットダンスを見せる際、パンチの効いた歌唱を披露したのは天彩峰里。天彩はナポリの場面でも見事な歌唱を披露、何かのリミッターが外れたような凄まじいエネルギーを放っていた。気迫に満ち満ちたラインダンスもすばらしかった。私が観劇した日は、ラインダンスが終わって拍手があり、それが止みそうになってからもう一度ぐわっと押し寄せるように拍手が起こってなかなか鳴り止まなかった。その体感が忘れられない。ラインダンスの衣装は、白を基調に、黄色い縁取りの白い羽を背負うというもので、その色彩の鮮やかさから、観劇後に食べに行くジェラートはレモン味がいいなと思った次第。

 『HiGH&LOW−THE PREQUEL−』で、山王の街の覇権を狙う苦邪組(クジャク)の頭リンを演じた留依蒔世は、男役としての歌唱を朗々と聴かせ、悪役ぶりで魅せた。退団の日、最後の瞬間まで宝塚の男役を思いっきりENJOY!
 6月21日11時の部観劇(東京建物Brillia HALL)。作・演出は、デビュー作『夢千鳥』(2021)で芸術論を展開した栗田優香。今回は、ワイン偽造をメイン・テーマに、アメリカへの不法移民や芸術論をからめて描く作品だが、うーん……。ラストに軽妙なオチをもってくるなら、ワインの真贋に翻弄される人間模様をもっと軽妙に描いた方がバランスがよかったような。偽造ワイン問題と芸術論の絡め方もちょっと難しいかと。
 ホンジュラスからアメリカに不法入国し、ワイン偽造に手を染めていく主人公シエロを演じた桜木みなとが、ラテン男の、そして詐欺師ならではのチャーミングさを発揮し、作品を堂々成立させた。『NEVER SAY GOODBYE−ある愛の軌跡−』(2021)でちょっとマッドな独裁者を快演したこともあり、どんな役でもどんと来いな姿勢が役者として非常に頼もしい。その幼馴染フリオに扮した瑠風輝もよかった。大手オークション会社の重役ミラ・ブランシェットを演じた五峰亜季も、難しい役柄、セリフを通して作品をスーパーセーブ。骨太な題材に一丸となって取り組む宙組の姿勢、◎。