『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』で音くり寿が演じたのは、主人公フランツ・リスト(柚香光)のパトロンで年上の愛人であるラプリュナレド伯爵夫人役。リストに逃げられ、その後釜を育てることとなるが、プライドの高さと執着心の激しさがリスト自身のそれとも引き合う部分があったからこそ、リストも彼女の庇護によって成功を収めたところがあるのではないかと感じた。ソプラノの響きが怖い一方で、そんな人物をどこかシニカルにとらえているようなコミカルさもあり。飛龍つかさはダグー伯爵役。リストと駆け落ちした妻のマリー・ダグー伯爵夫人(星風まどか)と再会した際、一緒に暮らしていたときには見ることはなかった妻の新たな顔を見、これを認めるセリフに、包容力と哀しみがにじんだ。
 『Fashionable Empire』は、<Fashionable Moment>で、飛龍つかさ、若草萌香、音くり寿、芹尚英の退団者4名が晴れやかに踊り、皆も加わって仲間と共に生きる喜びを舞台いっぱいに表現していったあたりから、ぐんと加速した感あり。飛龍つかさの伸びやかな歌声。音くり寿はエネルギー全開、オープニングでの歌も聴かせた。せつなさと喜びとを感じさせた、エトワールの若草萌香の歌声。
 柚香光は肩の力抜いて行こう〜!
 ピアニストのフランツ・リストを中心に、美に生きる人々の苦悩と歓びを描く生田大和の壮大な野心作と、キャストががっぷり四つに向き合い、見応えあり。
 『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』『Fashionable Empire』については、ライブ配信、本公演とも観られていないため、明日のライブ配信を観てから後日書きたいと思います。退団者の活躍については明日中に記します。
 ENJOY!
 舞台を19世紀末のベル・エポックのパリに据え、古代ギリシャの悲劇詩人アイスキュロスの『オレスティア』三部作をモチーフに描く『冬霞の巴里』は、作・演出の指田珠子にとっては初東上作品。血染め風の衣装や目の周りを濃く強調したメイクもみられる異色作で、パリのパッサージュが登場する装置(木戸真梨乃)も魅力的である。
 主人公オクターヴ(永久輝せあ)とその姉アンブル(星空美咲)は、幼いころ、母クロエ(紫門ゆりや)と父の弟ギョーム(飛龍つかさ)が手を組んで父オーギュスト(和海しょう)を亡き者にしたのではないかと疑っており、復讐を果たすためにパリに帰ってくる。この舞台を観て、月組『螺旋のオルフェ』(1999年、作・演出=荻田浩一)を思い出したのには理由がある。『螺旋のオルフェ』はギリシャ神話のオルフェウス伝説をベースとした作品で、舞台は1950年代のパリ。主人公イヴは、瀕死の恋人に乞われ、彼女に引き金を引いた罪の意識に囚われながら長い年月パリを彷徨っている。イヴが抱えるその苦悩にも似たものを、『冬霞の巴里』の主人公オクターヴに感じた。オクターヴは、父を殺した相手に復讐しなくてはならないという思いを自分が抱え込んでしまったことに、作中ずっと苦悩し続けている。だから、そういった負の感情などなさそうな人間に苛立つ。他方、オクターヴと実は血のつながりがないことを知りながらも、あくまで姉と弟、同じ苦悩を抱えた者同士としてつながり続けることを選択するアンブル。オクターヴも、血のつながりのないことを知った上で、そんな思いごとアンブルを引き受けることを選択する。そこにオクターヴの人間としての成長をみる。
 そして、宝塚において、パリはひときわ特別な都市である。パリのレビューに多大な影響を受けた宝塚歌劇団(英語名は「Takarazuka Revue Company」)は、その舞台においてさまざまなパリを描いてきた。それは一方で、ときに、この世のどこにもない、宝塚の舞台にしか存在しないパリでもある。
 永久輝せあが終始憂いに満ちた表情で主人公オクターヴの苦悩を見せる。アンブル役の星空美咲にきりっとした存在感。一樹千尋はオクターヴに道筋を示す謎の老人ジャコブ爺を演じて深い印象を残す。クロエ役の紫門ゆりやに妖しい美しさ。飛龍つかさはヒゲもよく似合い、ギョームの哀しさをにじませた。無政府主義者ヴァランタンを演じた聖乃あすかは、翳りのあるメイクも活きて、オクターヴの心とも相似形を描く憎しみを、死に神の如きニヒルさをもって見せた。

(4月12日11時の部、東京建物 Brillia HALL)
 フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの同名映画をミュージカル化した『TOP HAT』の、宝塚での二度目の上演(2015年宙組により日本初演)。ブロードウェイのスターダンサー、ジェリー(柚香光)とファッション・モデルのデイル(星風まどか)が、誤解を乗り越え結ばれるまでを描く、明るく楽しいダンス・ミュージカルである。今回、舞台全体がテンポよく弾み、ジェリーとデイルのカップルと、ジェリーをロンドン公演に招聘したプロデューサーのホレス(水美舞斗)とホレスの妻でデイルの友人のマッジ(音くり寿)のカップルとの連関もよく描き出されていた。
 そもそもマッジは、デイルをジェリーと引き合わせようとしていた。だが、デイルがジェリーのことをマッジの夫ホレスと勘違いしてしまったことから騒動が起きる。そして、結婚している夫、妻というものがどんな風か想像がついていないところがあるからこそ、デイルの混乱はますます深まってゆく――二幕の、ジェリーとマッジと一緒にいる場面で、マッジからジェリーを勧められるデイルの困惑と来たら! さまざまな変装劇を見せるホレスの執事ベイツ(輝月ゆうま)の活躍もあり、誤解は解け、ジェリーとデイルは晴れて結婚に踏み切る。その直後に、ホレスとマッジ夫婦が歌う「Outside of That, I Love You」が置かれているという流れが、今回、唸るほど絶妙だと感じた。「Outside of That, I Love You」は、互いに、…あなたのこういうところが嫌い、嫌い…と指摘し合って、「それ以外はアイ・ラブ・ユー」と締める、軽妙なナンバーである。すなわち、このナンバーを境に<結婚前/結婚後>がくっきり描き出されるという趣向。でもまあ、マッジがホレスに対する不満をあれこれ言いながらもデイルに結婚を勧めているところからしても、結婚生活に総じて満足していそうな二人ではある。不満をピシピシッとシャープに歌い上げて行く音くり寿のマッジを、水美舞斗のホレスが…弱っちゃうな…という感じで受け止めていたのが◎。
 ダンスもコメディも大いに行ける花組トップコンビ、柚香光&星風まどかが、ジェリーとデイルの恋の紆余曲折をロマンティックなムードたっぷりに描き出して。二人の着こなし、そして衣装さばきのスタイリッシュさに目を瞠る。そして、最終的にジェリーとデイルのキューピッドとなるベイツ役輝月ゆうまの、しれっとした表情のキュートさが心に残る。

(4月3日視聴)
 作り手が、自身の人生を観る者と真摯に分かち合う作品だったから、私自身、観ていて自然と自分の人生を振り返っていた。…多くの人に赦されて、ここまで生きてきたな…と。終盤の墓場の場面で主人公ギャツビーの父親(英真なおき)が登場したあたりから最後まで、嗚咽が止まらなかった。そうして、1991年の雪組初演(その際のタイトルは『華麗なるギャツビー』。それが、F・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の、世界初のミュージカル化だった)を観たときには若さゆえわからなかったラストの演出を、心の中で深くかみしめながら観ていた――亡くなった祖母と、母と一緒に観ていた。その日、着ていたワンピースまで覚えている――。
 ジャズ・エイジのアメリカ。裏社会に生きる男。そして、愛。得意中の得意のテーマを扱って、演出家・小池修一郎の魂が生き生きと輝く。華やかなシーンへの導入とその盛り上げ方の巧いこと! 主人公ギャツビーに扮した月組トップスター月城かなとは、脚本を読み解き、自身のしっかりとした解釈を提示することのできる男役である。「私がギャツビーだ」の登場から場をさらうかっこよさ。ニック(風間柚乃)に過去を騙る際の語りの巧みさ。当たり役! そして、小説では語り手であるニックを演じる風間が、金と時間を持て余した上流階級と自分とが異なる存在であることを素直に体現していることもあって、観ていてすっと物語に引き込まれる。ヒロイン・デイジー(海乃美月)のキャラクターについては、私自身、いまだに解釈に悩むところがあり、この機会に再考したく。デイジーの夫トム(鳳月杏)は、ニックとも上手く対立軸を作れるとおもしろいような。
 ジョージ・ウィルソン役の光月るうの二幕のソロには、心がちぎれそうだった…。そこからの幻想のダンス・シーンの迫力。暗黒街の男マイヤー・ウルフシェイム役の輝月ゆうまの貫録。役が少ない作品ながら、芸達者な月組生たちがさまざまな役柄で活躍するのを観るのも楽しく。
 作・演出の小池修一郎の手腕が冴え渡る! 主人公ジェイ・ギャツビーを演じる月組トップスター月城かなと、新境地。一幕ラストの名曲「朝日の昇る前に」の歌唱、鳥肌もの!
 月組宝塚大劇場公演『グレート・ギャツビー』千秋楽ライブ配信観ます。
 美穂圭子と朝月希和、二人の名娘役が、それぞれの芸の力を通して心通わせていく様の美しさに打たれた。朝月希和の厳しい愛! ――これぞ女のやせ我慢。
 一か月半ぶりに宝塚を観ているので、何だか新鮮な気づきあり。