藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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ミュージカル
日本でも大ヒットを記録したパーシー・アドロン監督の同名映画のミュージカル版の日本初演(脚本/パーシー・アドロン、エレオノーレ・アドロン、音楽/ボブ・テルソン、歌詞/リー・ブルーワー、パーシー・アドロン、ボブ・テルソン、演出/小山ゆうな、翻訳・訳詞/高橋知伽江、音楽監督/萩野清子)。アメリカ西部の砂漠にやってくるドイツ人旅行者ジャスミン・ムンシュテットナーを花總まり、さびれたダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテル“バグダッド・カフェ”を切り盛りするブレンダを森公美子が演じる。――世界中で人と人との間に存在する見えない絆が突如として目に見えてくるような、そして、私自身そんな絆によってこの世界に繋ぎ止められていることを深く感じるような、そんな作品だった。“居場所”を見つけていく物語を演じて、これが初共演の花總と森が、「ここ(舞台)が私たちの居場所だよね!」「うん!」とにこにこ笑い合っているような幸せな空気が満ちていて、観客としても素敵な居場所を見つけた思い。ときに劇場というよりナイトクラブで演奏を聴いているような気持ちにもなれる音楽も心地いい。そして、名曲「コーリング・ユー」を生の歌声で聴くと、実にさまざまな思いが胸にあふれる――森が歌うと『ポーギーとベス』の「サマータイム」のような雰囲気がただようのがおもしろいと思ったのだが、公演プログラムの萩野のインタビュー記事によれば、実際に監督が「サマータイム」のような曲を、とリクエストして作曲された曲だとか――。多くが語られることのない映画版で、あのときそれぞれがどんな心の痛みを抱えていたのか、花總ジャスミンが披露するマジック(楽しい!)にどんな意味があったのか、異なる角度から知ることができるのが非常に興味深い。あなたの創った映画はきっと世界中で多くの人々を救いましたよ……と、今は天国にいるアドロン監督に語りかけたくなった。東京公演は23日まで、その後、愛知・大阪・富山公演あり。イープラス貸切公演だったのでみんなのイープラス・ポーズが観られました。
(11月20日18時の部、シアタークリエ)
(11月20日18時の部、シアタークリエ)
チャールズ・ディケンズの同名小説のミュージカル版。主人公シドニー・カートンを演じるのは井上芳雄。彼がタイトルロールに扮した『グレート・ギャツビー』(2017)でも思ったのだけれども、彼の演技を観ていると、……作者はなぜこの物語を書こうと考えたのだろう……と思いを馳せたくなってくる。究極の男のやせ我慢を見せる充実の舞台(ラストあたりまだまだ行ける、と思いましたが)に、口を開いたらいっぱいになった胸から何か大切なものがあふれ出ていってしまいそうで、一人黙して帰る夜。チャールズ・ダーニー役の浦井健治の力演、ルーシー・マネット役の潤花の熱演。
(5月8日17時半、明治座)
(5月8日17時半、明治座)
12時半の部、福岡市民ホール大ホール。原作は雲田はるこの同名漫画で、ドラマ版で助六役に扮した山崎育三郎がミュージカル化を企画、ミュージカル版でも同役を演じる。脚本・演出:小池修一郎、作曲・音楽監督:小澤時史。
長じて八代目有楽亭八雲となる菊比古役の古川雄大がとてもよかった。彼の持ち味として、いい意味で虚無を感じさせるところがあるのだが、戦前から戦後にかけての昭和の時代、芸一筋に生きる人物像にそれがうまくマッチ。老境に至っての声色にも達観がにじみ、実に魅力的。同門で切磋琢磨して芸を磨いてきた助六が、師匠である七代目の八雲(中村梅雀)に破門され、菊比古にふられた芸者のみよ吉(明日海りお)と二人、行方をくらましてしまうのだが、助六を追っていった先で、もう一度落語をやれと迫るシーンの凄みたるや。菊比古はここで、お前と一緒に芸を磨いてきた俺にはお前の落語が必要だから、俺のために落語をやれと助六に言う。芸至上主義に見えて、そんな菊比古の言葉、歌の向こうには、落語をやるために生まれてきたと豪語して憚らなかった天才肌の助六を、落語にもう一度取り組ませることで救いたいという優しさがある。その優しさの隠し加減に、古川演じる菊比古の確かな核を感じた――そしてもちろん、その優しさの向こうには、己の芸を磨き続けたいという芸至上主義もまた存在するのだけれども。福岡に来て、さまざまな伝統工芸の作り手と話す中で、後の時代に伝えていくことの大切さや困難を耳にしていて、落語を後の世に伝えていこうという人々の物語に改めて考えさせられることが多かった。昭和の時代の師匠の大らかさや厳しさを伝える中村梅雀の七代目八雲は、ロックのナンバーでの三味線でのはじけっぷりもキュート、さすがベーシスト。昭和の人々に愛されたさまざまなジャンルの音楽を聴かせる楽曲、その華やかなショーアップぶりも楽しい。
福岡市民ホールは3月28日にオープンしたばかり。昨年、サヌイ織物の博多織工芸館を見学した際、福岡市民ホールの緞帳を製作したとの話を聞いていたので、博多織史上最大級というその緞帳を実際に見られたのもうれしく。それと、高速経由のバスで我が家から天神に向かう際に見える&最寄りバス停がアナウンスされるボートレース福岡に一度行ってみたかったのだけれども、市民ホールの目と鼻の先なので、本日の終演後に突撃〜。競馬場、競輪場、ドッグレース場(マカオの。もうなくなってしまったけれども)には行ったことがあるけれども、競艇場は初めて。投票は外れてしまったけれども、ブオンとすごい音で目の前を走り抜けていく爽快感が楽しかったです。
長じて八代目有楽亭八雲となる菊比古役の古川雄大がとてもよかった。彼の持ち味として、いい意味で虚無を感じさせるところがあるのだが、戦前から戦後にかけての昭和の時代、芸一筋に生きる人物像にそれがうまくマッチ。老境に至っての声色にも達観がにじみ、実に魅力的。同門で切磋琢磨して芸を磨いてきた助六が、師匠である七代目の八雲(中村梅雀)に破門され、菊比古にふられた芸者のみよ吉(明日海りお)と二人、行方をくらましてしまうのだが、助六を追っていった先で、もう一度落語をやれと迫るシーンの凄みたるや。菊比古はここで、お前と一緒に芸を磨いてきた俺にはお前の落語が必要だから、俺のために落語をやれと助六に言う。芸至上主義に見えて、そんな菊比古の言葉、歌の向こうには、落語をやるために生まれてきたと豪語して憚らなかった天才肌の助六を、落語にもう一度取り組ませることで救いたいという優しさがある。その優しさの隠し加減に、古川演じる菊比古の確かな核を感じた――そしてもちろん、その優しさの向こうには、己の芸を磨き続けたいという芸至上主義もまた存在するのだけれども。福岡に来て、さまざまな伝統工芸の作り手と話す中で、後の時代に伝えていくことの大切さや困難を耳にしていて、落語を後の世に伝えていこうという人々の物語に改めて考えさせられることが多かった。昭和の時代の師匠の大らかさや厳しさを伝える中村梅雀の七代目八雲は、ロックのナンバーでの三味線でのはじけっぷりもキュート、さすがベーシスト。昭和の人々に愛されたさまざまなジャンルの音楽を聴かせる楽曲、その華やかなショーアップぶりも楽しい。
福岡市民ホールは3月28日にオープンしたばかり。昨年、サヌイ織物の博多織工芸館を見学した際、福岡市民ホールの緞帳を製作したとの話を聞いていたので、博多織史上最大級というその緞帳を実際に見られたのもうれしく。それと、高速経由のバスで我が家から天神に向かう際に見える&最寄りバス停がアナウンスされるボートレース福岡に一度行ってみたかったのだけれども、市民ホールの目と鼻の先なので、本日の終演後に突撃〜。競馬場、競輪場、ドッグレース場(マカオの。もうなくなってしまったけれども)には行ったことがあるけれども、競艇場は初めて。投票は外れてしまったけれども、ブオンとすごい音で目の前を走り抜けていく爽快感が楽しかったです。
迷う心、すさんだ思い、そしてあふれる優しさ、ジャン・バルジャン役の吉原光夫の歌声による心理描写が冒頭からすばらしい。力演を見せるジャベール役の伊礼彼方と二人、神の御心はこの世でいかに実現し得るのかという作品の重要テーマに加え、自分は何者なのかというアイデンティティをめぐる問いかけの対立軸をもはっきりと示す。「彼を帰して」の歌唱には、博多座の劇場空間がさながら宗教歌流れる大聖堂に変容したような聖なる響きがあった。人生通じて続く神との内なる対話において、ジャン・バルジャンがこの出来事をいかにとらえたかという解釈も緻密で、作品理解が深まると共に、ジャン・バルジャンという人物の尽きせぬ魅力に気づかされる演技だった。最終的に、己の人生を受け止め、受け入れ、神の御国へと旅立ってゆく。吉原ジャン・バルジャンがキャストと共にたどり着く結末に、自分も一日一日を大切に積み重ね、納得しての人生を全うしたいとの幸せな思いに包まれた。また、これまで博多座や福岡の劇場で観劇してきた舞台を思い出し、自分とこの土地との縁についても改めて考えるひとときとなった。伊礼ジャベールは「星よ」の歌唱において博多座の劇場空間を歌声で満たす。神に与えられた責務であると頑なに信じ込んでいるものに縛られているジャベールが、神の御心を自分なりに果たそうとするジャン・バルジャンとの対峙を続けるうち、アイデンティティ・クライシスに陥る様を、伊礼ジャベールは壮絶に描き出し、観る者の心を激しく揺さぶった。斎藤司のテナルディエはひょうきんな中にニヒルなかっこよさも感じさせる。そんな彼のパフォーマンスに対し、森公美子のマダム・テナルディエが必ずしもセリフを伴わないちょっとした演技や仕草でシャープなツッコミを入れて見事な客観性を見せる。その様が、作品において二人が表象するもの、困難と混乱の中でも生き抜く庶民のしたたかさをさらに浮き彫りにしていると感じた。森の豊かな歌声、愛嬌たっぷりの声色に惚れ惚れ。作品の世界観を壊さない「ようきんしゃった」の方言アドリブもさすが。エポニーヌ役の清水美依紗は「オン・マイ・オウン」で心を激しくぶつけるような歌唱を披露。司教役の鎌田誠樹が発揮する慈愛。カブローシュ役の中井理人も舞台勘のよさを感じさせた。
(4月9日17時の部、博多座)
(4月9日17時の部、博多座)
16世紀英国チューダー朝の暴君ヘンリー8世の妃たちが現代に復活! 離婚されたり打首されたり、いろいろあった6人がポップでノリノリなガールズバンドを結成(演奏するのは“侍女”たち)、誰が一番リード・ヴォーカルにふさわしいかを競い始めて――。イギリス発、ウエストエンド&ブロードウェイでも上演されたミュージカルが日本に上陸。6人それぞれが歌い踊る悲惨な話を聴き、――それって現代女性にもあるあるだったりしない? と感じるうち、6人の妃たちが実際それぞれに苦しみや悲しみを抱えて生きていたことに、遥かなる時間を越えて共感を抱き始めて。そして終盤、6人&侍女たち&客席でたどり着く爽快感たるや。スパイス・ガールズ&ミュージカル『シカゴ』の「セル・ブロック・タンゴ」のガールズ・パワー、そしてミュージカル『アルター・ボーイズ』のちゃめっ気を愛するあひるには大変刺さり。誰に従属するのでもない、自分が主役の人生を生きたい! と願うすべての方にお勧め。元気が出ます!
(1月8日19時の部<初日>、EXシアター六本木)
(1月8日19時の部<初日>、EXシアター六本木)
帝国劇場クロージング公演。“神の御心”という作品の重大テーマを示す上で、まずは司教役の増原英也の演技がとてもよかった。アンジョルラス役小林唯が率いて歌う「民衆の歌」を聴いていると血湧き肉躍る気分になってきて、……『ベルサイユのばら』といい、どうして日本人はフランス人が自由を求めて闘う作品がこんなにも好きなんだろう、と。『ベルサイユのばら』の作者の池田理代子は学生運動に参加していた人だった……と思いながら第2幕を観ていたら、“1960年代末の学生運動の記憶”という補助線が引かれ、作品が新鮮に見え。新国立劇場オペラ『ウィリアム・テル』(2024)を演出したヤニス・コッコスの視野には映画『RRR』も入っていたであろうことを考えると、『レ・ミゼラブル』が作品としてもつ普遍性はまだまだ追求し得ると感じた。ジャン・バルジャン役の飯田洋輔は「彼を帰して」のハイトーンが魅力。エポニーヌ役ルミーナは「オン・マイ・オウン」を熱唱。ガブローシュ役の大園尭楽も達者な演技を見せた。
(1月6日13時の部、帝国劇場)
(1月6日13時の部、帝国劇場)
脚本・音楽・歌詞=アイリーン・サンコフ&デイヴィッド・ヘイン、演出=クリストファー・アシュリー。2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が発生、カナダのニューファンドランド島にある人口1万人の町ガンダーは、アメリカ領空閉鎖により行き場を失った38機の飛行機と約7000人もの乗客・乗組員を受け入れることになり――。実話に基づくブロードウェイ・ミュージカルの日本初演版は、100人近くの登場人物をめくるめくように演じ分ける12人の役者全員が主役を張れる豪華キャスト。町に降り立った人々を懸命にもてなすガンダーの人々――カナダに約3年住んだ人間として、……カナダの人ってこういう優しいところあるある……と何度もうなずく瞬間あり。そして、これまで生きてきた中で経験したさまざまな大事件と、そのとき感じた社会の揺れ、自分自身の心の揺れを思い出し、追体験していた。作品のテーマの一つである“分かち合うこと”が、劇場空間の幸福な機能の一つである“分かち合うこと”と自然重なる、素敵な作品だった。
(3月15日14時の部観劇、日生劇場)
(3月15日14時の部観劇、日生劇場)
例えば「Finale B」のナンバーで「♪There's only us/There's only this/Forget regret/Or life is yours to miss」「♪No other road/No other way/No day but today」と音が重なっていくのを聴く楽しさは、文楽や歌舞伎を聴くときの喜びにも似て(作詞:ジョナサン・ラーソン)。
一番のクライマックスで流れるのが『ラ・ボエーム』の“ムゼッタ・ワルツ”のメロディなんだな、と改めて。『RENT』自体が『ラ・ボエーム』をもとにしたミュージカルですが、ジョナサン・ラーソンがここまで美しい音楽を自ら作ってきて、ここでプッチーニを堂々”rent”するんだな、と。
(8月21日18時半の部、シアターオーブ)
一番のクライマックスで流れるのが『ラ・ボエーム』の“ムゼッタ・ワルツ”のメロディなんだな、と改めて。『RENT』自体が『ラ・ボエーム』をもとにしたミュージカルですが、ジョナサン・ラーソンがここまで美しい音楽を自ら作ってきて、ここでプッチーニを堂々”rent”するんだな、と。
(8月21日18時半の部、シアターオーブ)
ヒロインのジュリー・ニコルズ役の愛希れいかが、終幕、主人公マイケル・ドーシー(山崎育三郎)に対し、……ちょっと女の恰好したくらいで女の気持ちがわかったと思うな〜みたいに叫ぶところが痛快だった。愛希は『ロミオとジュリエット』をアレンジした劇中ミュージカルでジュリエット役を演じるのだが、そのダンス・シーンで見せるピキッピキッとしたおもしろい振りの踊りもキュートに見せた(振付:デニス・ジョーンズ)。
(1月17日18時の部、日生劇場)
(1月17日18時の部、日生劇場)
大ヒット韓国ドラマのミュージカル版の来日公演。ドラマは未見でほとんど予備知識がない状態で観劇したが、スリリングな展開、主人公カップルの恋の行方にドキドキハラハラ、多くの人々がこの物語に魅せられた理由がよくわかるな……と。韓国の財閥令嬢が北朝鮮に不時着し、北朝鮮軍軍人と出会って恋に落ちる。二つに引き裂かれた国がどうにかならないと二人の恋もまたどうにかならないわけで、国が引き裂かれている状態にあるとはいかなることなのか、改めて考えるきっかけとなった。北朝鮮から韓国にやってきた人々の眼差しを通じて消費社会批判がなされるところも興味深い。歌唱力の高い若手中心のキャストがエネルギーを発揮する舞台で、客席にはドラマのファンが多い印象。カーテンコールも盛り上がり、韓国キャストと日本の観客とでこの物語を分かち合う機会があったことをうれしく思った。
(7月9日13時の部、新国立劇場中劇場)
(7月9日13時の部、新国立劇場中劇場)


