演出・振付=熊川哲也。
 昨年末プリンシパルに昇格したシンデレラ役の岩井優花がまずは強力に舞台を牽引。語りたい物語が強固にあるのが彼女の魅力である。継母と義理の姉たちにいじめられている際には身を縮めているのを、一人空想の世界に遊ぶときは伸びやかに解き放って踊る。姉たちにダンスを教えに来たバレエ教師(ニコライ・ヴィユウジャーニン)が珍妙な踊りを軽妙に披露して笑いを誘うのだが、岩井シンデレラがその踊りを真似するとき、観察眼が冴えていてちゃんと笑いにつながるのが、いじめられていても心は強く自由なところを示すようで、いい。そんな彼女が仙女(日世菜)に助けられ、舞踏会に赴く第一幕ラストは、夢を信じて生きることの美しさがあふれていて。日の仙女は登場の際の透き通るような軽やかさに目を見張る。王子役の山本雅也は第二幕での登場が鮮烈で、城を支配する者としてのオーラに満ち、研ぎ澄まされてクリーンな踊りを披露。岩井シンデレラと山本王子が二人踊るときの結晶のような輝きに見入る。ハッピーエンドの前の日仙女の踊りも素晴らしく、この作品における仙女とは、美しい夢を見、描き続ける上での支えとなるもの、心の中で決して失いたくないものの化身のように思えた――。Kバレエ版では継母を男性ダンサーが演じるが、2012年の初演からこの役を踊っているルーク・ヘイドンは、ゴージャス美魔女風で色っぽく、意地悪なれどどこか憎めない造形が光る。オレンジマン役の石橋奨也もやわらかくしなやかな踊りを見せる。井田勝大の指揮も示唆に富むものだった。冒頭の響きから、2012年の初演からのこの演目にまつわるさまざまな思い出が一気に甦った。そして、ロシア革命が起きたのは1917年、この『シンデレラ』がボリショイ劇場で初演されたのは1945年、激動の時代を生きた作曲家セルゲイ・プロコフィエフが舞踏会を思って作曲するとき、彼の脳裏にはどのような宮殿、宮廷が浮かんでいたのだろうと思いを馳せた。ヨランダ・ソナベンドの衣裳デザイン、レズリー・トラヴァースの舞台美術デザインも優美で、Kバレエにおける重要なレパートリーの一つであることを再確認。

(1月10日13時の部、東京文化会館大ホール)
 観劇前、……うーん、身勝手な男のせいもあって命を落として精霊となって、でも男の命を救う女の話か……という気持ちが少々あったのも事実。けれども、実際に接したら非常におもしろかったので、登場人物の心情、話の流れが演技上しっかりと構築されていれば、やはり古典の名作、今の時代にも通用する舞台として立ち上がるのだなと感じた。浅川紫織&堀内將平、岩井優花&ジュリアン・マッケイのジゼル&アルブレヒトのコンビに、感服。
 二つの舞台を観て、生と死の世界が分かたれていることに何とはなしに安堵感を覚えた。この地球上に現れた生物すべてが永遠に存在し続けるとしたらさぞかしカオスであろう。「この世は舞台、男も女もみな役者に過ぎず、それぞれに退場と登場の時がある」(ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』より)のだとすれば、“舞台”上で過ごす自分の時を大切にしたい、とも。

(3月20日12時半の部&3月23日18時半の部、オーチャードホール)
 公演芸術監督=パトリック・ド・バナ。
 『エフゲニー・オネーギン』の「ポロネーズ」の演奏から『薔薇の精』(振付=ミハイル・フォーキン)という流れがいい。薔薇の精を踊ったバクティヤール・アダムザンの音楽性と役柄解釈!
 『リベルタンゴ』(振付=高岸直樹)。アレハンドロ・ヴィレルスの、ふわっと空気感、ふわっと空気を孕むブラウス。
 『海賊』「アダージョ」(振付=マニュエル・ルグリ)。ドロテ・ジルベールのしなやかな腕、そのニュアンス。
 スヴェトラーナ・ザハロワの『瀕死の白鳥』(振付=ミハイル・フォーキン)――確かに白鳥に国境はない。
 『眠れる森の美女』第3幕グラン・パ・ド・ドゥ(振付=マリウス・プティパ)。ドロテ・ジルベールのきりっとした上体、その気品。
 『アラベスク』(振付=パトリック・ド・バナ)。パトリック・ド・バナのソロ。夕暮れに一人石蹴りをしていて、心満たされているような、物悲しいような。
 『ジゼル』第2幕パ・ド・ドゥ(振付=ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー)。ミリアム・ウルド=ブラムの精霊感!
 『Rain before it Falls』(振付=パトリック・ド・バナ)。スヴェトラーナ・ザハロワとパトリック・ド・バナのデュエット。ザハロワの四肢にただただ見入る――こんなダンサーになるなんて、昔は思いもしなかった。

(10月5日13時の部、東京文化会館大ホール)
 くるみ割り人形/王子役を踊ったジュリアン・マッケイは、熊川哲也芸術監督がこの役を踊るKバレエ版の映像を昔からよく観ていたそうだが、とりわけ、くるみ割り人形たちとねずみたちのバトル・シーンで、芸術監督の演技と闘う姿勢をよく研究しているように感じられた。このバトル・シーンは、雪が激しく降る雪の国の場面と並び(芸術監督は雪国北海道出身)、Kバレエ版における名場面である。Kバレエ版『くるみ割り人形』は、もはや観ないと年を越せないと思うくらい観てきた大切な舞台であるが、マッケイの演技に、この作品にこめられたものを今一度思い出すところがあった――継承の姿勢や良し。日世菜のマリー姫はすっきりクリアな踊りを見せた。E.T.A.ホフマンの原作『くるみ割り人形とねずみの王様』においてはドロッセルマイヤーおじさんに甥のドロッセルマイヤーがいて、主人公マリーは甥と結ばれるのだが、栗山廉のドロッセルマイヤーはその甥をも彷彿とさせる造形だった。小林美奈の雪の女王にその場を支配する女王感あり。ホリデー・シーズンにふさわしい、キラキラとした魔法に満ちた舞台だった。

(12月6日18時半の部、オーチャードホール)
 ……そう、あれは芸術上の闘い。そして私にはあなたが“クララ”に見えました。
 心弾む舞台でした。今宵はこれにて。

(12月6日18時半の部、オーチャードホール)
 18時半の部観劇(オーチャードホール)。ジゼル=岩井優花、アルブレヒト=ジュリアン・マッケイ。これまたすごい舞台でした! ジゼルを亡くし、愛ゆえに、限りなく死の淵まで近づくアルブレヒト。アルブレヒトの偽り、裏切りを超え、愛ゆえに、アルブレヒトをこの世に生き永らえさせようとするジゼル――それこそが自分がこの世に生きた証となるから、そんな風にも感じられ。生きていく業について考えたりして、ちょっと怖くもある『ジゼル』でした。
 12時半の部観劇(オーチャードホール)。ジゼル=浅川紫織、アルブレヒト=堀内將平。すごい舞台でした! ……『ジゼル』ってこんなにおもしろかったんだ……と。浅川紫織のジゼルの心理描写が冒頭からすばらしかった。今宵はこれにて。
 Kバレエ熊川哲也芸術監督の最高傑作にして、カンパニーの今を映し出す演目。今年はめっちゃいい感じ!
 広間のクリスマスツリーのファンタジックな巨大化を経て、くるみ割り人形率いる兵隊たち対ねずみの王様率いるねずみたちとの戦いが繰り広げられる第1幕第3場。今年、ロサンゼルス・エンゼルスを中心に大リーグの試合を観てきて、戦う男の表現に厳しくなったあひるですが、くるみ割り人形役の栗山廉の戦う姿勢、きりっとしていてよかった――衣装の上着が赤なのがよけいにエンゼルスを思わせた。ここは芸術監督の芸術上の闘いが示されるところのあるシーンなので、引き締まっているのが◎。そして、くるみ割り人形とドロッセルマイヤー(杉野慧)とクララ(塚田真夕)のパ・ド・ドゥを経て、幕の振り落としにて<雪の国>へのファンタジックな転換――宝塚星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』の中詰第12場D、銀橋上の赤の神(天華えま)の振りと共に行なわれる振り落としを観ると、『くるみ割り人形』のこの振り落としを思い出し――。芸術監督の出身地は北海道ということで、世にも激しく雪が舞い散る中で展開される<雪の国>ですが、雪の女王役日世菜の踊りが極上だった! 10月の『眠れる森の美女』でオーロラ姫に扮した彼女の踊りを「口の中でほろほろとろけるスペイン発祥の焼き菓子ポルポローネ」にたとえたけれども、雪の踊りは、……私が客席で少しでも身体を動かしたら、雪も、そして、長いようで短い人生の夢のようなきらめきもあっという間にとけてなくなってしまいそうで、そのはかなさが愛おしいがゆえに身じろぎもせず凝視していたい、そんな思いが全身を駆け抜けるものだった……。
 そして第2幕、マリー姫役浅川紫織登場。チェレスタの音色そのものになってみたり、さまざまな名演を見せてきた彼女ですが、今年の舞台はと言えば、『ヴィクトリア』の大竹しのぶばりの秘技を繰り出してきた! 見覚えのない雰囲気に、――貴女、いったい誰ですか、と最初は唖然。そして気づく。そこで踊っているのは、大人の強固なテクニックを備えた、少女(私には9歳くらいに見えた)! つまり、子供が抱く夢、憧れをそのまま具現化したような。――それで思い出した。北海道から東京を経由せずに世界に飛び出して行った芸術監督は、子供のとき、クリスマスプレゼントに「バレエが上手くなりたい」と願った人であることを。そして思い出した。今年NHK BSで観たドキュメンタリー「翔平を追いかけて」で、栗山英樹元北海道日本ハムファイターズ監督が語っていた、大谷翔平選手がクリスマスイヴに練習している動画を送ってきたというエピソードを。
 ロシア人形を踊った岡庭伊吹と久保田青波の舞台から飛び出しそうな威勢のよさもよかった。何回も何回も聴いてきた『くるみ割り人形』ですが、今回、前には聴けていなかった音を認識(指揮:井田勝大、管弦楽:シアター オーケストラ トウキョウ)。そして観た晩「『エフゲニー・オネーギン』が聴きたい気分!」と書きましたが、新国立劇場オペラの新年最初の演目であることに後で気づき。以前入院したときには外出許可をもらって観に行ったほど、あひるのクリスマスには欠かせないKバレエの『くるみ割り人形』。今年もいい感じに年を越せそうです。
 8月12日17時の部観劇(東京国際フォーラムホールA)。ウクライナ・グランド・バレエの来日公演(演出・振付:ヨハン・ヌス、指揮:渡邊一正、演奏:東京フィルハーモニー交響楽団)で、『白鳥の湖』を実際に“水”を使用して上演するという趣向。公演プログラムがなく、当日掲示物も見当たらなかったので、名前をあげることができないのだが、オデット役のダンサーが登場すると舞台がきりっと引き締まり、一面に水が張られた中、彼女がポワントで懸命に舞うとき、――哀しみが伝わってくる。これはもう、オデットとジークフリートは美の彼岸でしか結ばれまい……とチャイコフスキーの音楽に身をゆだねていると、力尽きて死んだオデットをジークフリートが抱きかかえて終わるというひときわ哀しい結末だった。今さらながら、『白鳥の湖』とは、「そういう年齢になったのだから妻を娶りなさい」というところからスタートする物語なんだな、と。
 ちなみに、東京近郊の遊園地「よみうりランド」には1964年から1997年まで「水中バレエ劇場」があり、“日本バレエの母”エリアナ・パヴロワに学んだ近藤玲子が率いる「近藤玲子水中バレエ団」が巨大な水槽の中で公演を行なっていました。公演が終わるとダンサーたちが水槽から出てきて水をポタポタ垂らしながらお辞儀する様が記憶に強烈に残っており。
 17時の部観劇(オーチャードホール)。いろいろすごかったので今宵はこれにて。何だか今すごくチャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』が聴きたい気分。