藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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バレエ
18時半の部観劇(オーチャードホール)。ジゼル=岩井優花、アルブレヒト=ジュリアン・マッケイ。これまたすごい舞台でした! ジゼルを亡くし、愛ゆえに、限りなく死の淵まで近づくアルブレヒト。アルブレヒトの偽り、裏切りを超え、愛ゆえに、アルブレヒトをこの世に生き永らえさせようとするジゼル――それこそが自分がこの世に生きた証となるから、そんな風にも感じられ。生きていく業について考えたりして、ちょっと怖くもある『ジゼル』でした。
12時半の部観劇(オーチャードホール)。ジゼル=浅川紫織、アルブレヒト=堀内將平。すごい舞台でした! ……『ジゼル』ってこんなにおもしろかったんだ……と。浅川紫織のジゼルの心理描写が冒頭からすばらしかった。今宵はこれにて。
Kバレエ熊川哲也芸術監督の最高傑作にして、カンパニーの今を映し出す演目。今年はめっちゃいい感じ!
広間のクリスマスツリーのファンタジックな巨大化を経て、くるみ割り人形率いる兵隊たち対ねずみの王様率いるねずみたちとの戦いが繰り広げられる第1幕第3場。今年、ロサンゼルス・エンゼルスを中心に大リーグの試合を観てきて、戦う男の表現に厳しくなったあひるですが、くるみ割り人形役の栗山廉の戦う姿勢、きりっとしていてよかった――衣装の上着が赤なのがよけいにエンゼルスを思わせた。ここは芸術監督の芸術上の闘いが示されるところのあるシーンなので、引き締まっているのが◎。そして、くるみ割り人形とドロッセルマイヤー(杉野慧)とクララ(塚田真夕)のパ・ド・ドゥを経て、幕の振り落としにて<雪の国>へのファンタジックな転換――宝塚星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』の中詰第12場D、銀橋上の赤の神(天華えま)の振りと共に行なわれる振り落としを観ると、『くるみ割り人形』のこの振り落としを思い出し――。芸術監督の出身地は北海道ということで、世にも激しく雪が舞い散る中で展開される<雪の国>ですが、雪の女王役日世菜の踊りが極上だった! 10月の『眠れる森の美女』でオーロラ姫に扮した彼女の踊りを「口の中でほろほろとろけるスペイン発祥の焼き菓子ポルポローネ」にたとえたけれども、雪の踊りは、……私が客席で少しでも身体を動かしたら、雪も、そして、長いようで短い人生の夢のようなきらめきもあっという間にとけてなくなってしまいそうで、そのはかなさが愛おしいがゆえに身じろぎもせず凝視していたい、そんな思いが全身を駆け抜けるものだった……。
そして第2幕、マリー姫役浅川紫織登場。チェレスタの音色そのものになってみたり、さまざまな名演を見せてきた彼女ですが、今年の舞台はと言えば、『ヴィクトリア』の大竹しのぶばりの秘技を繰り出してきた! 見覚えのない雰囲気に、――貴女、いったい誰ですか、と最初は唖然。そして気づく。そこで踊っているのは、大人の強固なテクニックを備えた、少女(私には9歳くらいに見えた)! つまり、子供が抱く夢、憧れをそのまま具現化したような。――それで思い出した。北海道から東京を経由せずに世界に飛び出して行った芸術監督は、子供のとき、クリスマスプレゼントに「バレエが上手くなりたい」と願った人であることを。そして思い出した。今年NHK BSで観たドキュメンタリー「翔平を追いかけて」で、栗山英樹元北海道日本ハムファイターズ監督が語っていた、大谷翔平選手がクリスマスイヴに練習している動画を送ってきたというエピソードを。
ロシア人形を踊った岡庭伊吹と久保田青波の舞台から飛び出しそうな威勢のよさもよかった。何回も何回も聴いてきた『くるみ割り人形』ですが、今回、前には聴けていなかった音を認識(指揮:井田勝大、管弦楽:シアター オーケストラ トウキョウ)。そして観た晩「『エフゲニー・オネーギン』が聴きたい気分!」と書きましたが、新国立劇場オペラの新年最初の演目であることに後で気づき。以前入院したときには外出許可をもらって観に行ったほど、あひるのクリスマスには欠かせないKバレエの『くるみ割り人形』。今年もいい感じに年を越せそうです。
広間のクリスマスツリーのファンタジックな巨大化を経て、くるみ割り人形率いる兵隊たち対ねずみの王様率いるねずみたちとの戦いが繰り広げられる第1幕第3場。今年、ロサンゼルス・エンゼルスを中心に大リーグの試合を観てきて、戦う男の表現に厳しくなったあひるですが、くるみ割り人形役の栗山廉の戦う姿勢、きりっとしていてよかった――衣装の上着が赤なのがよけいにエンゼルスを思わせた。ここは芸術監督の芸術上の闘いが示されるところのあるシーンなので、引き締まっているのが◎。そして、くるみ割り人形とドロッセルマイヤー(杉野慧)とクララ(塚田真夕)のパ・ド・ドゥを経て、幕の振り落としにて<雪の国>へのファンタジックな転換――宝塚星組『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』の中詰第12場D、銀橋上の赤の神(天華えま)の振りと共に行なわれる振り落としを観ると、『くるみ割り人形』のこの振り落としを思い出し――。芸術監督の出身地は北海道ということで、世にも激しく雪が舞い散る中で展開される<雪の国>ですが、雪の女王役日世菜の踊りが極上だった! 10月の『眠れる森の美女』でオーロラ姫に扮した彼女の踊りを「口の中でほろほろとろけるスペイン発祥の焼き菓子ポルポローネ」にたとえたけれども、雪の踊りは、……私が客席で少しでも身体を動かしたら、雪も、そして、長いようで短い人生の夢のようなきらめきもあっという間にとけてなくなってしまいそうで、そのはかなさが愛おしいがゆえに身じろぎもせず凝視していたい、そんな思いが全身を駆け抜けるものだった……。
そして第2幕、マリー姫役浅川紫織登場。チェレスタの音色そのものになってみたり、さまざまな名演を見せてきた彼女ですが、今年の舞台はと言えば、『ヴィクトリア』の大竹しのぶばりの秘技を繰り出してきた! 見覚えのない雰囲気に、――貴女、いったい誰ですか、と最初は唖然。そして気づく。そこで踊っているのは、大人の強固なテクニックを備えた、少女(私には9歳くらいに見えた)! つまり、子供が抱く夢、憧れをそのまま具現化したような。――それで思い出した。北海道から東京を経由せずに世界に飛び出して行った芸術監督は、子供のとき、クリスマスプレゼントに「バレエが上手くなりたい」と願った人であることを。そして思い出した。今年NHK BSで観たドキュメンタリー「翔平を追いかけて」で、栗山英樹元北海道日本ハムファイターズ監督が語っていた、大谷翔平選手がクリスマスイヴに練習している動画を送ってきたというエピソードを。
ロシア人形を踊った岡庭伊吹と久保田青波の舞台から飛び出しそうな威勢のよさもよかった。何回も何回も聴いてきた『くるみ割り人形』ですが、今回、前には聴けていなかった音を認識(指揮:井田勝大、管弦楽:シアター オーケストラ トウキョウ)。そして観た晩「『エフゲニー・オネーギン』が聴きたい気分!」と書きましたが、新国立劇場オペラの新年最初の演目であることに後で気づき。以前入院したときには外出許可をもらって観に行ったほど、あひるのクリスマスには欠かせないKバレエの『くるみ割り人形』。今年もいい感じに年を越せそうです。
8月12日17時の部観劇(東京国際フォーラムホールA)。ウクライナ・グランド・バレエの来日公演(演出・振付:ヨハン・ヌス、指揮:渡邊一正、演奏:東京フィルハーモニー交響楽団)で、『白鳥の湖』を実際に“水”を使用して上演するという趣向。公演プログラムがなく、当日掲示物も見当たらなかったので、名前をあげることができないのだが、オデット役のダンサーが登場すると舞台がきりっと引き締まり、一面に水が張られた中、彼女がポワントで懸命に舞うとき、――哀しみが伝わってくる。これはもう、オデットとジークフリートは美の彼岸でしか結ばれまい……とチャイコフスキーの音楽に身をゆだねていると、力尽きて死んだオデットをジークフリートが抱きかかえて終わるというひときわ哀しい結末だった。今さらながら、『白鳥の湖』とは、「そういう年齢になったのだから妻を娶りなさい」というところからスタートする物語なんだな、と。
ちなみに、東京近郊の遊園地「よみうりランド」には1964年から1997年まで「水中バレエ劇場」があり、“日本バレエの母”エリアナ・パヴロワに学んだ近藤玲子が率いる「近藤玲子水中バレエ団」が巨大な水槽の中で公演を行なっていました。公演が終わるとダンサーたちが水槽から出てきて水をポタポタ垂らしながらお辞儀する様が記憶に強烈に残っており。
ちなみに、東京近郊の遊園地「よみうりランド」には1964年から1997年まで「水中バレエ劇場」があり、“日本バレエの母”エリアナ・パヴロワに学んだ近藤玲子が率いる「近藤玲子水中バレエ団」が巨大な水槽の中で公演を行なっていました。公演が終わるとダンサーたちが水槽から出てきて水をポタポタ垂らしながらお辞儀する様が記憶に強烈に残っており。
17時の部観劇(オーチャードホール)。いろいろすごかったので今宵はこれにて。何だか今すごくチャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』が聴きたい気分。
14時の部観劇(東京文化会館大ホール)。カラボスに呪いをかけられたデジレ王子がオーロラ姫を殺めてしまうという解釈の新制作プロダクションで、デジレ王子役の山本雅也が躍動。品格のある踊りと、何があっても俺が何とかする! の心意気で舞台を大いに牽引。オーロラ姫役の日世菜の踊りは、口の中でほろほろとろけるスペイン発祥の焼き菓子ポルポローネをときに思わせるようなやわらかさで、王子と二人、醸し出すキュートさや良し。小林美奈が演じるカラボスはじめ、強い女性の活躍も楽しい。Kバレエ初参加のアンゲリーナ・アトラギッチがデザインした衣裳が、色遣いも繊細で非常に美しい。猫と赤ずきんがカラボスの手下という設定で、猫の音楽、そこで来たか! という新鮮な驚きもあり。今年のKバレエはチャイコフスキー3大バレエをすべて上演するということで、年末恒例の『くるみ割り人形』も楽しみに。
14時の部観劇(オーチャードホール)。演出/再振付=熊川哲也、原振付=マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ。指揮=井田勝大、管弦楽=シアター オーケストラ トーキョー。キャストはオデット/オディール=浅川紫織、ジークフリード=栗山廉。混迷の果てに拓かれる新たな地平への希求、その輝き。すごい『白鳥の湖』を聴き、観た。股関節の故障により『白鳥の湖』で引退してから5年、よくぞ戻ってきた――とのこちらの感慨を、浅川紫織が吹っ飛ばしていく。己の身体に叩き込んだテクニックをもって、音楽と観る者とを一つに結び付ける第二幕のグラン・アダージョ。今の時代に生きる女であることを突きつける様に快哉で笑い出したくなる第三幕の黒鳥の舞。作品の魅力が改めて探究され、練り直されたことがうかがえる、見応えのある舞台。
12時半の部観劇(KAAT神奈川芸術劇場ホール)。『ペットボトル迷宮』&『ビニール傘小町』、思考を刺激する2作品の上演。ジュリアン・マッケイの舞台上の居方が非常に興味深く。公演は明日まで〜。
9月30日17時半、KAAT神奈川芸術劇場ホール。
メディ・ワレルスキー振付の『プティ・セレモニー/小さな儀式』。” The end” に向かって限りある生を生きる人間の厳かさと滑稽さを、どこか戯画的な儀式として描き出すような作品。「ブルー・ムーン」でソロを踊った岩井優花にきりっと挑発的な魅力。
渡辺レイ振付の『プティ・バロッコ/小さな真珠(ゆがんだ真珠)』。日本のランジェリー・ブランドSaluteのキャミソールをまとった女性ダンサーたちがアグレッシブに力強い踊りを見せるのが頼もしい。ふっきれたようにはじけて踊る飯島望未のふてぶてしいような逞しさ。石橋奨也はユーモラスな振りを踊ってもどこかしなやかさが艶やかで目を引く。Saluteは過去に『カルメン』『椿姫』『蝶々夫人』をテーマにしたオペラ・シリーズを出したことも(現在『ベルサイユのばら』とコラボ中)。
森優貴振付の『プティ・メゾン/小さな家』。ドラマ性、ミュージカル寄りの趣を感じる作品。白と黒、舞台上が視覚的に分断されているのが、作品が進むにつれ次第に混じっていく様に、自分の中でもだんだん心の境界線が揺らいでいくような感覚を味わい。日世菜にほっこりとした魅力。杉野慧もアピール。
メディ・ワレルスキー振付の『プティ・セレモニー/小さな儀式』。” The end” に向かって限りある生を生きる人間の厳かさと滑稽さを、どこか戯画的な儀式として描き出すような作品。「ブルー・ムーン」でソロを踊った岩井優花にきりっと挑発的な魅力。
渡辺レイ振付の『プティ・バロッコ/小さな真珠(ゆがんだ真珠)』。日本のランジェリー・ブランドSaluteのキャミソールをまとった女性ダンサーたちがアグレッシブに力強い踊りを見せるのが頼もしい。ふっきれたようにはじけて踊る飯島望未のふてぶてしいような逞しさ。石橋奨也はユーモラスな振りを踊ってもどこかしなやかさが艶やかで目を引く。Saluteは過去に『カルメン』『椿姫』『蝶々夫人』をテーマにしたオペラ・シリーズを出したことも(現在『ベルサイユのばら』とコラボ中)。
森優貴振付の『プティ・メゾン/小さな家』。ドラマ性、ミュージカル寄りの趣を感じる作品。白と黒、舞台上が視覚的に分断されているのが、作品が進むにつれ次第に混じっていく様に、自分の中でもだんだん心の境界線が揺らいでいくような感覚を味わい。日世菜にほっこりとした魅力。杉野慧もアピール。
14時の部観劇(オーチャードホール)。初めて組んだ日世菜(マリー姫)&栗山廉(くるみ割り人形/王子)の、互いに対する敬意の念が素敵なパ・ド・ドゥ。このプロダクションにおける役柄解釈に新たな気づきを与える、ドロッセルマイヤー役の杉野慧のミステリアスなたたずまい。演出・振付の熊川哲也芸術監督のバレエへの愛も感じられて、――今年もKバレエの『くるみ割り人形』が観られてよかった……と思えるひととき。ちなみに、Bunkamuraはじめ関連施設で配布中のBunkamura magazine12月号に、年明けすぐに公演のあるK-BALLET Opto『プラスチック』の紹介記事が掲載されています。