第二次世界大戦後、歌舞伎の劇場を誘致しようと「歌舞伎町」の名前をつけたけれども、実現はしなかった。そんな新宿歌舞伎町での歌舞伎の公演、「歌舞伎町大歌舞伎」をTHEATER MILANO-Zaにて観劇(12時の部。昼夜同一狂言)。舞踊『正札附根元草摺』『流星』と、落語『貧乏神』を題材にした新作歌舞伎『福叶神恋噺』というラインアップ。雷一家の四人を瞬時にコミカルに踊り分ける流星役の中村勘九郎を観ていると、幸福感がふくふくと心に満ちてきて。ぐうたら男(中村虎之介)に恋してしまい、彼にせっせと尽くす『福叶神恋噺』の貧乏神おびんに扮した中村七之助のいじらしさ――“びんちゃんびんちゃん”呼びに、同じく落語が原作で、貧乏神のびんちゃんも登場する宝塚星組『ANOTHER WORLD』を思い出し。歌舞伎町での上演ということで、ホストクラブのシャンパンタワーならぬ“味噌汁タワー”が登場したり、時事ネタ、ご当地ネタの入れ方も楽しく品よく。貧乏神すかんぴんに扮した勘九郎の芸のキレのよさに、……この人はこういう凄みをもった役者になっていくんだな……と。そして、歌舞伎の劇場が誘致できていたら、歌舞伎町はどんな街になっていたんだろう……とふと考えたり。未だに足を踏み入れるときちょっとドキドキしてしまう歌舞伎町ですが、THEATER MILANO-Zaに歌舞伎を観に行ってよかった! としみじみ思える公演。
 複雑な心理へと至る複雑な人間関係を演者たちがその演技のうちにわかりやすく提示し、“フィクションの効用”を感じさせた『双蝶々曲輪日記 引窓』。ゆかいな神々の姿がめでたくも楽しい『七福神』。ベテラン勢の活躍によって作品に対する新たな気づきを得た『夏祭浪花鑑』。

(11時、歌舞伎座)
 幸せに心満たされる公演でした。

(16時半、歌舞伎座)
 人は(好むと好まざるとに関わらず)同時代に生きる人々の眼差しによって多分に規定されている部分があるということを鋭く描き出す、徳川綱豊卿役の片岡仁左衛門の演技。

(11時の部、歌舞伎座)
 十八世中村勘三郎の舞台から受け取った多くの幸福感に、さらに幸福感が積み重なっていって、歌舞伎の観客でよかった! と心身共にほこほこするような夜でした。

(16時半の部、歌舞伎座)
 ぞっとするほど美しい女(中村七之助演じる兵庫屋八ツ橋。難しい役)と、はっとするほど美しい男(片岡仁左衛門演じる繁山栄之丞。三幕目第一場から第二場へと盆が回る、その刹那に見える背中の色っぽいこと)と。その間に図らずも割り込む形となってしまった男、佐野次郎左衛門を演じる中村勘九郎の、……何だか今までに観たことのない人のようにさえ見えた、終幕の凄まじい表情。

(11時の部、歌舞伎座)
 初代国立劇場建て替えのため、新国立劇場中劇場で行われている今年の初春歌舞伎公演(13時の部観劇)。新国立劇場中劇場で歌舞伎が上演されるのは初めてのこと。国立劇場大劇場よりも間口(舞台の横幅)が狭く、花道もないすり鉢型の劇場での上演に興味深く考えさせられること多し。お正月気分もいっぱいの公演は明日27日まで。
 大充実〜。公演は27日まで(歌舞伎座)。根津美術館の企画展「繡と織 華麗なる日本染織の世界」で能装束や鳳凰模様の三襲の振袖等を鑑賞してから観劇に赴いたら、歌舞伎の衣裳を観るのがますます楽しく。こちらの展覧会は28日まで。
 3月21日観劇(歌舞伎座)。WBC準決勝「日本対メキシコ」が行なわれた日である。生中継を外出するギリギリまで観て、地下鉄の中でも展開を追って、……だめかも……と思いつつ「三月大歌舞伎」の第一部『花の御所始末』を11時から観劇。休憩に入った瞬間、客席で誰かが「勝った!」と叫んでいるのが聞こえた。スマートフォンの電源を入れて結果を確認。劇場中が何となく高揚感に包まれていて、思わず近くに座っていた方と野球談議を交わしたり。
 14時40分からは第二部。『仮名手本忠臣蔵』では、町人でありながら武士にも勝る義侠心を見せる天川屋義平役を中村芝翫が初役で演じた。「天川屋義平は男でごんす」という名ゼリフを発するとき、「我こそは八代目中村芝翫なり!」と名乗りを上げるようで――劇場中がどっと沸いた。私は、芝翫が古典の名作でビシッと決めると、季節がいつであれ、春の陽だまりに包み込まれたようになって、どこまでも歩いて行きたくなるような、そんな思いに駆られるのである。実際、2020年12月国立歌舞伎『三人吉三巴白浪』の和尚吉三が決まったときも、半蔵門の国立劇場から四ツ谷駅まで1キロ超歩いて帰った。この日も同じ思い。
 ……芝翫の天川屋義平の上空45センチくらいのところに、まったく同じ振りをしている人が見えたのですが、どなただったんでしょうか?
 初代国立劇場の最後の歌舞伎公演は、二カ月かけての『妹背山婦女庭訓』の通し上演(9月26日12時千穐楽&10月19日12時の部観劇、国立劇場大劇場)。<第一部>三幕目<吉野川の場>の舞台装置「滝車」が視覚的に非常におもしろかった。「滝車」とは、横にした5本の円筒に水浪が描いてあり、それを回すことで吉野川の水が流れている様を表現するもの。川を挟んで敵同士ながら恋に落ちた男女が住んでいて、そのもどかしい心理的距離をも示す装置である。<第二部>は、二幕目<三笠山御殿の場>の、官女たちが里の娘をいじめ抜く場面が長くて、観ていて精神的にしんどかった……。物語上必要な場面ではあるので、こうした行為を行なう人間の愚かさを浮き彫りにするような今日的批判精神をもって展開させることが大切なのではないかと感じた。