ぞっとするほど美しい女(中村七之助演じる兵庫屋八ツ橋。難しい役)と、はっとするほど美しい男(片岡仁左衛門演じる繁山栄之丞。三幕目第一場から第二場へと盆が回る、その刹那に見える背中の色っぽいこと)と。その間に図らずも割り込む形となってしまった男、佐野次郎左衛門を演じる中村勘九郎の、……何だか今までに観たことのない人のようにさえ見えた、終幕の凄まじい表情。

(11時の部、歌舞伎座)
 初代国立劇場建て替えのため、新国立劇場中劇場で行われている今年の初春歌舞伎公演(13時の部観劇)。新国立劇場中劇場で歌舞伎が上演されるのは初めてのこと。国立劇場大劇場よりも間口(舞台の横幅)が狭く、花道もないすり鉢型の劇場での上演に興味深く考えさせられること多し。お正月気分もいっぱいの公演は明日27日まで。
 大充実〜。公演は27日まで(歌舞伎座)。根津美術館の企画展「繡と織 華麗なる日本染織の世界」で能装束や鳳凰模様の三襲の振袖等を鑑賞してから観劇に赴いたら、歌舞伎の衣裳を観るのがますます楽しく。こちらの展覧会は28日まで。
 3月21日観劇(歌舞伎座)。WBC準決勝「日本対メキシコ」が行なわれた日である。生中継を外出するギリギリまで観て、地下鉄の中でも展開を追って、……だめかも……と思いつつ「三月大歌舞伎」の第一部『花の御所始末』を11時から観劇。休憩に入った瞬間、客席で誰かが「勝った!」と叫んでいるのが聞こえた。スマートフォンの電源を入れて結果を確認。劇場中が何となく高揚感に包まれていて、思わず近くに座っていた方と野球談議を交わしたり。
 14時40分からは第二部。『仮名手本忠臣蔵』では、町人でありながら武士にも勝る義侠心を見せる天川屋義平役を中村芝翫が初役で演じた。「天川屋義平は男でごんす」という名ゼリフを発するとき、「我こそは八代目中村芝翫なり!」と名乗りを上げるようで――劇場中がどっと沸いた。私は、芝翫が古典の名作でビシッと決めると、季節がいつであれ、春の陽だまりに包み込まれたようになって、どこまでも歩いて行きたくなるような、そんな思いに駆られるのである。実際、2020年12月国立歌舞伎『三人吉三巴白浪』の和尚吉三が決まったときも、半蔵門の国立劇場から四ツ谷駅まで1キロ超歩いて帰った。この日も同じ思い。
 ……芝翫の天川屋義平の上空45センチくらいのところに、まったく同じ振りをしている人が見えたのですが、どなただったんでしょうか?
 初代国立劇場の最後の歌舞伎公演は、二カ月かけての『妹背山婦女庭訓』の通し上演(9月26日12時千穐楽&10月19日12時の部観劇、国立劇場大劇場)。<第一部>三幕目<吉野川の場>の舞台装置「滝車」が視覚的に非常におもしろかった。「滝車」とは、横にした5本の円筒に水浪が描いてあり、それを回すことで吉野川の水が流れている様を表現するもの。川を挟んで敵同士ながら恋に落ちた男女が住んでいて、そのもどかしい心理的距離をも示す装置である。<第二部>は、二幕目<三笠山御殿の場>の、官女たちが里の娘をいじめ抜く場面が長くて、観ていて精神的にしんどかった……。物語上必要な場面ではあるので、こうした行為を行なう人間の愚かさを浮き彫りにするような今日的批判精神をもって展開させることが大切なのではないかと感じた。
 10月18日11時の部&10月16日16時半の部観劇(歌舞伎座)。昼の部の『文七元結物語』には寺島しのぶが長兵衛女房お兼役で出演していて、出演が発表になったときから非常に楽しみにしていた。なのですが。女優の魅力と、男性相手に女性を演じる歌舞伎の女形の魅力と、その両方がもっと並び立つようにしてほしかったな……と。角海老女将お駒を演じる片岡孝太郎がとてもよかっただけに、なおさらそんな思い。夜の部の舞踊『菊』には、季節は違うのですが、今年のゴールデンウィーク、箱根のつつじがあまりに美しくて夢の中に迷い込んでいくようだったことを思い出し。中村雀右衛門の菊の精が心に残り。
 10月8日12時の部観劇(文京シビックホール大ホール)。客席から出る質問あれこれが取材者としても勉強になる「トークコーナー」、『女伊達』、そして『桑名浦乙姫浦島』という構成。鯛や平目、蛸の踊りも楽しい『桑名浦乙姫浦島』では、玉手箱を開けたら一気に老人の風貌になってしまうという浦島太郎の物語について改めて考えていたら、何だかオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』が浮かび、自分でもちょっとびっくり。
 余談。東京ドーム最寄り駅である南北線後楽園駅の発車メロディは「Take Me Out to the Ball Game」でした。
 『流白浪燦星』と書いて「ルパン三世」と読む。そう、あのモンキー・パンチの『ルパン三世』が歌舞伎の舞台に登場〜(脚本・演出:戸部和久)。ルー大柴がタイトルロールを演じたミュージカル『ルパン三世 I'm LUPIN』(1998)でも、宝塚雪組『ルパン三世−王妃の首飾りを追え!−』(2015)でも、取材の場で原作者モンキー・パンチ先生(2019年没)のうれしそうな顔を目撃したことのあるあひる、期待を胸に新橋演舞場へ(12月12日11時半の部観劇)。安土桃山時代を舞台にからくり人形まで活躍する荒唐無稽なストーリーに歌舞伎の名場面も盛り込まれ、ルパン三世(片岡愛之助)、石川五ェ門(尾上松也)、次元大介(市川笑三郎)、峰不二子(市川笑也)、銭形警部(市川中車)の5人が『青砥稿花紅彩画(白浪五人男)』の“稲瀬川勢揃いの場”よろしくツラネで名乗る終幕に、タイトルに“白浪(=盗賊)”と入っている意味をひときわかみしめ。『ルパン三世』には欠かせない大野雄二サウンドが和楽器の演奏で聴けたのもうれしく(演奏している姿をもっと観たかったくらい)。峰不二子が藤の柄の打掛姿で花魁道中を見せたり、本水を用いての立ち回りがあったり、ラストで客席に小判の紙吹雪が降ってきたり、楽しい趣向もいろいろと、年忘れにスカッとしたい向きにお勧め。
 尾上松緑と中村勘九郎が演じる猩々(中国の伝説の霊獣)が酒を飲んで見せる細かく軽快な足さばきが楽しい『猩々』。
 『天守物語』(作=泉鏡花、演出=坂東玉三郎)――ソリッドに展開される大正モダニズムの世界。日本語のセリフの美しさ。富姫(中村七之助)と亀姫(坂東玉三郎)が並んだ姿の野放図な美にノックアウトされる思い。生首を手土産に姫路城の天守閣に住む富姫を訪ねる亀姫の無邪気な残忍さ、そのかわいらしさ。生首の血を舌で舐め取る舌長姥と天守の守り神である獅子頭を彫り上げた名工近江之丞桃六、老け役二つを演じる中村勘九郎がとてもいい。このような幻想世界を見ることのできた泉鏡花もうらやましいなら、その作品世界にこのように寄り添える坂東玉三郎もうらやましいな……と思い、そんな感慨のうちに己の見方生き方をもまた肯定されるような舞台。

(17時45分、歌舞伎座)
 坂東巳之助の猫の怪(化け猫)が怖すぎて今夜うなされそうな気がする『旅噂岡崎猫』。中村獅童と初音ミクの人気シリーズ“超歌舞伎”が『今昔饗宴千本桜』で歌舞伎座初登場。二人の宙乗りなど見どころもふんだんに、あひるも歌舞伎座でスタンディングしてペンライトがわりにライトをつけたスマートフォンを振りました。
 超余談。歌舞伎座の斜め向かいに岩手県のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」があるのですが、大谷翔平選手の右手の黄金の握手像の展示は残念ながら昨日まででした。

(11時、歌舞伎座)