藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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歌舞伎
演者が乗りに乗っていて、実に楽しく弾む舞台でした!
(14時半の部、歌舞伎座)
(14時半の部、歌舞伎座)
<新町井筒屋の場>の上演。中村鴈治郎は、ときに素なのかアドリブなのかわからないような演技をキレッキレに披露するところが魅力なのだけれども、亀屋忠兵衛役でもそんな魅力が存分に味わえて。この場面で、忠兵衛は実にさまざまな嘘をつく。その嘘一つ一つの背景にあるさまざまなもの――懐にしている公金が本当に自分のものであったらいいのに……という哀しい夢や、極限状態まで追いつめられた人間心理等――を、鴈治郎の演技はていねいに描き出してゆく。そうしてあれこれ積み重ねられた果ての、――もはや死ぬしかない、という(忠兵衛にとっての)現実。どうにも思いのやりどころがなくて、泣くほかなかった。――公演中ずっと、彼の亡き父の巨大な顔が、はっきりくっきり浮かんでいた。かつて歌舞伎座で感じたときのように重いと思うことはなくて、ただ、空気の中に透明に溶け込んだように、でも、確かに存在していて、――それが芸の伝承ということなのかもしれない、と思って観ていた。実に純粋な時間を過ごして、魂がすっきり洗われたような。
(14時半の部、サンパール荒川大ホール)
(14時半の部、サンパール荒川大ホール)
……この孤独を、内から少しでも漏れ出させるわけにはいかない、そんな覚悟を感じた、市川團十郎の幡随院長兵衛役の演技。
(5月22日11時の部、歌舞伎座)
(5月22日11時の部、歌舞伎座)
第二次世界大戦後、歌舞伎の劇場を誘致しようと「歌舞伎町」の名前をつけたけれども、実現はしなかった。そんな新宿歌舞伎町での歌舞伎の公演、「歌舞伎町大歌舞伎」をTHEATER MILANO-Zaにて観劇(12時の部。昼夜同一狂言)。舞踊『正札附根元草摺』『流星』と、落語『貧乏神』を題材にした新作歌舞伎『福叶神恋噺』というラインアップ。雷一家の四人を瞬時にコミカルに踊り分ける流星役の中村勘九郎を観ていると、幸福感がふくふくと心に満ちてきて。ぐうたら男(中村虎之介)に恋してしまい、彼にせっせと尽くす『福叶神恋噺』の貧乏神おびんに扮した中村七之助のいじらしさ――“びんちゃんびんちゃん”呼びに、同じく落語が原作で、貧乏神のびんちゃんも登場する宝塚星組『ANOTHER WORLD』を思い出し。歌舞伎町での上演ということで、ホストクラブのシャンパンタワーならぬ“味噌汁タワー”が登場したり、時事ネタ、ご当地ネタの入れ方も楽しく品よく。貧乏神すかんぴんに扮した勘九郎の芸のキレのよさに、……この人はこういう凄みをもった役者になっていくんだな……と。そして、歌舞伎の劇場が誘致できていたら、歌舞伎町はどんな街になっていたんだろう……とふと考えたり。未だに足を踏み入れるときちょっとドキドキしてしまう歌舞伎町ですが、THEATER MILANO-Zaに歌舞伎を観に行ってよかった! としみじみ思える公演。
複雑な心理へと至る複雑な人間関係を演者たちがその演技のうちにわかりやすく提示し、“フィクションの効用”を感じさせた『双蝶々曲輪日記 引窓』。ゆかいな神々の姿がめでたくも楽しい『七福神』。ベテラン勢の活躍によって作品に対する新たな気づきを得た『夏祭浪花鑑』。
(11時、歌舞伎座)
(11時、歌舞伎座)
幸せに心満たされる公演でした。
(16時半、歌舞伎座)
(16時半、歌舞伎座)
人は(好むと好まざるとに関わらず)同時代に生きる人々の眼差しによって多分に規定されている部分があるということを鋭く描き出す、徳川綱豊卿役の片岡仁左衛門の演技。
(11時の部、歌舞伎座)
(11時の部、歌舞伎座)
十八世中村勘三郎の舞台から受け取った多くの幸福感に、さらに幸福感が積み重なっていって、歌舞伎の観客でよかった! と心身共にほこほこするような夜でした。
(16時半の部、歌舞伎座)
(16時半の部、歌舞伎座)
ぞっとするほど美しい女(中村七之助演じる兵庫屋八ツ橋。難しい役)と、はっとするほど美しい男(片岡仁左衛門演じる繁山栄之丞。三幕目第一場から第二場へと盆が回る、その刹那に見える背中の色っぽいこと)と。その間に図らずも割り込む形となってしまった男、佐野次郎左衛門を演じる中村勘九郎の、……何だか今までに観たことのない人のようにさえ見えた、終幕の凄まじい表情。
(11時の部、歌舞伎座)
(11時の部、歌舞伎座)
初代国立劇場建て替えのため、新国立劇場中劇場で行われている今年の初春歌舞伎公演(13時の部観劇)。新国立劇場中劇場で歌舞伎が上演されるのは初めてのこと。国立劇場大劇場よりも間口(舞台の横幅)が狭く、花道もないすり鉢型の劇場での上演に興味深く考えさせられること多し。お正月気分もいっぱいの公演は明日27日まで。