前回の第五話、二度のすれ違いがせつなかった明智十兵衛光秀(長谷川博己)と駒(門脇麦)ですが、今回、光秀立ち回りの際の負傷が理由とはいえ、無事会えてほっ。二人で京から美濃へと向かう旅路、寺で夜を明かすことになり、一枚しかない藁を負傷中の光秀に渡す駒。それでは駒が寒いだろうと、一緒に藁の中に入れと告げる光秀――決してラブシーンではない、けれども、ドキドキする場面。駒が口ずさんでいる、幼いころに旅芸人の一座で覚えたという歌が気になる光秀。駒役の門脇麦は現在東京芸術劇場プレイハウスで上演中の『ねじまき鳥クロニクル』でもキュートな歌声を披露しており、今後ミュージカルでの活躍も期待したいところ。
 光秀と細川藤孝(眞島秀和)が、争いのない世界への希求で一致する場面がよかった。相手の芝居を、言葉を、しっかり受け止め、返す、長谷川博己の役者としての包容力。
2020-02-23 23:16 この記事だけ表示
 生活感と清潔感の共存、それが、明智十兵衛光秀を演じる長谷川博己の役者としての魅力である。光秀が薬売りに扮装して尾張に潜入するという今回の筋立てにも、その魅力が非常に生きている。田園風景をバックにしたその姿に、はっとする美しさがあった。一緒に尾張に潜入した菊丸役の岡村隆史の、百姓としての生活の苦しさを吐露するセリフにしみじみ心を打たれた。菊丸、そして医者望月東庵(堺正章)の人となりも少しずつ見えてきて、ドキドキハラハラ、今後の展開がますます楽しみになった回。
2020-02-11 15:51 この記事だけ表示
 明智十兵衛光秀を演じる長谷川博己と、戦争孤児である駒を演じる門脇麦、二人の芝居のシーンは観ていて心落ち着くものがある。門脇麦――NODA・MAP『贋作 桜の森の満開の下』(2018)で早寝姫を演じた際に一瞬見せた、ニカッともニマッともニヤッとも受け取れるような笑顔で、忘れ難い印象を心に残した人。
2020-02-02 22:33 この記事だけ表示
 …相手の首を取る際に、逡巡する。果たしてこれは、武士の本懐なのか…。そんな明智十兵衛光秀の人物像が、役者長谷川博己に合う! と、ぞくっ。これから描かれるであろう「戦い」と、そんな中での明智十兵衛光秀自身の「闘い」と。
2020-01-26 21:31 この記事だけ表示
 人は何故、戦うのか。争いは何故、起きるのか――。初回で明示されたテーマが一年かけていかに描かれていくのか、注目していく所存。非常にわかりやすい物語展開で、テンポもゆったりめ。主人公明智十兵衛光秀を演じる長谷川博己の滑舌も実に明晰。――長谷川博己。これまで観てきた舞台の中では、『皆に伝えよ! ソイレント・グリーンは人肉だと』(ルネ・ポレシュ作・演出)、『カリギュラ』『海辺のカフカ』(蜷川幸雄演出)といった出演作が印象に残っており。今年のあひるの初夢にも出演〜(昨年大晦日の「紅白歌合戦」に出演した姿が脳裏に残っていたと思われ)。今回放送のハイライトは、松永久秀役の吉田鋼太郎がいかにも吉田鋼太郎感満載の熱量で芝居してきたところを、長谷川光秀も負けじと熱量をもって返していったところ。そして、長谷川光秀が、亡き父の言葉について語るシーン――近代建築好きなので、昨年亡くなった建築史家長谷川堯の著作は私の書棚に何冊も並んでおり。
 今年の初め、フィギュアスケート関連書籍を探しに書店に行ったところ、高齢の男性が、「『麒麟がくる』の本が欲しい」と来店している姿を目にする機会があり、公演の原作本や関連書籍を読んで公演に備える宝塚ファンのような真面目さを感じると共に、大河ドラマを楽しみにしている多くの人々の存在を思い。
 主要キャストの中のお一人に、最近、出演舞台について取材させていただいています――昨年一年『いだてん』を観ていて、テレビで観ている人を舞台でも観られるということは、やっぱり楽しいことだなと思い。次項ではそのご紹介を。
2020-01-19 23:40 この記事だけ表示
 ――阿部サダヲは最後まで役者としての矜持を貫き通した――中村勘九郎の老いの演技も愛らしかった――そして、役所広司演じる嘉納治五郎は実にチャーミングだった――。三人をはじめ、己の営為に対する誇りを決して忘れることのなかった人々との再会を期して。
2019-12-15 22:00 この記事だけ表示
 先週の『いだてん紀行』で、“鬼の大松”こと、全日本女子バレーボールチームを1964年の東京オリンピックで金メダルに導いた大松博文監督が紹介されていた。選手に向かってボールを投げる――そのごく短い映像は、彼が何故“鬼”と呼ばれたかを雄弁に物語っていた。彼は、自分の魂をボールに込め、凄まじい気迫で投げていた。受ける選手も痛いだろう。しかし、投げている彼自身も、痛い。
 その映像の記憶をもって、本日のオンエアを観る。
  ――“ウマ”こと河西昌枝役の安藤サクラの、必死の受けの芝居が素晴らしい! …と、改めて、重ねて痛感。これぞ華麗な回転レシーブ。
 映画監督市川崑役で登場した三谷幸喜の、記録映画監督を引き受けるにあたっての心情吐露のセリフにも痺れた。大河ドラマ作家としての男の心意気!
2019-12-08 21:00 この記事だけ表示
 …どうしてこの人がこの人に向かってこういうセリフを言うの? キャラ変わってない? 等々、もはや???ばかりが浮かぶ展開で…。何とかセリフに筋を通そうとの役者陣の頑張りは光るけれども。ストックホルム・オリンピックのマラソン競技における金栗四三よろしく、“運命の分岐点”――「二・二六事件」の回――以降、何だか迷走続き。そして現実世界の方では、来年の東京オリンピックのマラソンは何と東京でやらなくなってしまうかもという。そのゴタゴタをめぐる報道を見ていると、…現実ってときにいともやすやすとフィクションを越えていくな…と思わざるを得ませんが、それはさておき。
 三遊亭圓生を演じる中村七之助が絶品!
 第三十八回。戦争下、上演しないと決めた落語の題名が張り出される。文句を言う志ん生(森山未來)に対し、「私はようがす」と告げる圓生。その言葉に、――芸に魂を売った芸人の狂気と、その狂気ゆえの凄絶な色気を感じて、背筋がぞくっ。
 第三十九回。圓生と志ん生は慰問のため満州へ。このあたりの話は、井上ひさしの戯曲『円生と志ん生』でもおなじみのところ。終戦後の混乱の中、それでも二人会には百人ほどの客がやってきて。そこで圓生は『居残り佐平次』を語る。「カッポレ、カッポレ」と客を巻き込んでいく七之助圓生に、――彼の亡き父、十八代目中村勘三郎のあの狂気を見た。熱さの渦中にいながらも、それをどこか遠くから冷徹に見据えている、乾いた狂気。
 かつて、十八代目中村勘三郎の告別式で、彼の良き友、野田秀樹は壮絶な弔辞を読んだ。その中に、「作家はいつも虚構の死を弄ぶ仕事だ」という一節がある。その言葉は常に、私の心の中に在る――野田秀樹自身が劇作家として虚構の死を弄んでいると感じたことは、私はないけれども――。全ての人間が最後に迎えるある一つの終わりを真に描き出そうとしているのか、それとも、単に虚構の死が弄ばれているだけなのか、峻別する指標として。
2019-10-27 16:15 この記事だけ表示
 第三十四回『226』。
 1936年2月26日。雪の朝。軍靴の音。――それぞれの朝。先週、書きながら背筋がぞくぞくしてきて、それでタイトル、「〜」一つ多くしたのですが。
それは、ここまで描くからには、「二・二六事件」について正面切って取り組む覚悟を固めたんだな、と思ったから。もちろん、『いだてん』は東京オリンピック、主にスポーツをめぐる物語である。しかしながら当然、時代、社会との関わりをまったく切り離して描くことはできない。その意味で、『いだてん』はこれからますます難しい時代を扱うこととなる。日本が、世界を相手にした戦争へと突き進んでいく、その時代をどう描いていくのか。それは大いに覚悟の要ることだろうと、観て書く側としても大いに覚悟を決めたのですが。そして、このような節目節目の大事件こそ、当時の人々がおかれていた社会的状況をくっきりと描き出す上で、またとない機会だと思うのですが。
 最大の問題点は、今回、「二・二六事件」を語っていた志ん生(ビートたけし)が、黙りこくった後、噺の途中で、サゲずに高座から下りてしまったこと。そして、「この時代の話は笑いにならない」と言う。そうかもしれない。けれども、それをやってしまったら、これからますます笑いにならない話オンパレードの時代であって、いったいどうするのか。戦後の時代、噺として歴史を語っているという作品の構造自体に齟齬が生じてしまうのでは?
 「こんなときにオリンピック?」「こんなときだからオリンピックだ!」の、まーちゃん(阿部サダヲ)と嘉納治五郎(役所広司)の対決も、その肝心の「こんなとき」の描き方が弱いからして…。二人の芝居には凄まじい熱があっただけに、もったいない。高橋是清邸に押し入って彼を殺害し、朝日新聞社に押し入ってまーちゃんにケガを負わせた「二・二六事件」の陸軍青年将校たちも、「オリンピックは若い者のためにやるんです」とまーちゃんが言うときの「若い者」に当然含まれるわけで。しかしながら、当時の日本は大変な不況で、若い娘が身を売らざるを得ないような状況もあったわけで、そんなときに、陸上だ水泳だとスポーツに邁進している、邁進できている若い者の姿は、貧困にあえぐ他の若い者たちにどう映っていたのか。もちろん、彼らの活躍にせめてもの明るい希望を見出していた人々もいただろう。けれども、その一方で、何がオリンピックだ、スポーツだ、そんなの一部の恵まれた奴らの贅沢だ、それどころじゃない…と思っていた人々も当然いるわけで、そちら側の思いをも掬い取って描く上で、「二・二六事件」はまたとないチャンスだったと思うのですが。
 そしてそれは、いつの時代も、芸術なりスポーツなりが問われている問題でもある。現代の日本でも、例えば貧困にあえぐ層がいて、その一方で、芸術やスポーツにもっと公的支援をということも言われていて。そして、貧困をはじめとするさまざまな問題に苦しむ人々から、「美は、スポーツは、人生においていったい何の役に立つんですか」と尋ねられたとき、その分野に関わる一人一人はどのように説得力のある答えを提示できるのか、常に問われている。それがなければ、ただの芸術バカ、スポーツバカになってしまう。『いだてん』は、両ジャンルにまたがって、その答えを提示すべく爆走してきたドラマだと思ってきたのですが。
 今後に強く期待。
 嘉納治五郎(役所広司)とIOC会長アンリ・ド・バイエ=ラトゥール(ヤッペ・クラース)の篤き友情のくだりは非常によかった。ラトゥールに謝りの弁を述べる際、…役所広司に、嘉納治五郎が憑依しているかのようだった。
2019-09-08 23:15 この記事だけ表示
「譲ってもらうっていうのはどうだろう」
 悲願の1940年東京オリンピック実現に向け、イタリアの独裁者ムッソリーニから開催地を譲ってもらおうという奇策を思いついた嘉納治五郎先生(役所広司)。しかし、彼の身に異変が! 前回の終わりで、頭を押さえていたから、脳の方に何か…? と心配しており。…腰痛でした。持病の腰痛再発。ロス五輪でも背負い投げ、バッタバッタしてたものね…。「150歳まで生きるぞ! まだ折り返しだ!」と、担架の上で気焔を吐く嘉納治五郎74歳。ムッソリーニと会うため、ローマへと旅立つこととなった副島道正伯爵(塚本晋也)は「会えるかどうかもわからんのに!」と悲観的。イタリア大使杉村陽太郎の計らいあって、そこは会える、とまーちゃん(阿部サダヲ)――彼は、「田畑! 日本を頼んだぞ!」と、オスロ総会での最終スピーチの予定稿を、治五郎先生から託されていた。東京オリンピック決定の特ダネはうちで独占するぞ、との上司緒方竹虎(リリー・フランキー)の思惑により、まーちゃんのローマ同行、実現〜。
 1935年1月、雪降るローマ。「グラッチェ」とイタリア人のセニョリーナに明るく挨拶するまーちゃん。貴方のような人はどこに行ってもやっていけますな。副島伯爵とまーちゃんに、ムッソリーニは陽気な独裁者だと語る杉村。副島さんは武者震い――第三十三回『仁義なき戦い』。そして、扉が開く。そこには眼光鋭い陽気な独裁者が! 副島さん、その場で倒れる。――肺炎。「回復まで一カ月」の「一カ月」だけ聞き取れたまーちゃん、「余命一カ月ってこと?」と早合点。…笑ってる場合じゃない。でも。まーちゃんの芝居がおもしろすぎて笑ってしまう。
 タイトルバック!
 …あひるは当初、脚本の宮藤官九郎が大河ドラマという一年間のマラソンを走り抜けるのを“沿道”で応援しようと思っていた。それが、応援するうち、…いつの間にか、自分も一緒に走っていた。そして、走り出したら、そこには――そこにも!――本当に多くの仲間がいた。今も、大勢と一緒に走っている。私たちの生まれたこの世界を、国を、次世代へと手渡していくために。そのためにも、歴史から学ぶ。今この瞬間へと至る歴史から学ぶ。私が今年、『いだてん』という大河ドラマに見出しているのは、そんな意義である。今宵のタイトルバックに、そんな想いを新たにし。
 副島が倒れて来られなくなったと杉村が説明すると、ムッソリーニは「サムラ〜イ!!!」と両手を挙げて叫び、去っていく。そのリアクションの意味がいまいち解せない杉村。「ソヘジマタフレル」の電報に、「こうなったら私が行こうかね」とベッドから無理に立ち上がろうとする治五郎先生に、貴方は腰痛じゃなくて脊椎損傷! と告げるお医者さん(松重豊)。その顔、デジャヴ!
 生死の間をさまよった副島さん、何とか外出許可を得られるところまで回復。しかし、許された時間は30分のみ。「土下座も辞さない覚悟で」とまーちゃんにハッパをかけられ、いざ行かん! と思いきや。「(約束の時間まで)まだ15分あります」と杉村。「副島さん30分しかないのに」とまーちゃん←ここがあまりにおもしろすぎて、20時から2回目を観ているとき、やりとりの前から思い出し笑いでフライングで爆笑。笑ってる場合じゃないのですが。いや、塚本晋也演じる副島道正が、あくまで真面目で真剣であればあるほど逆に滑稽で…。コメディの醍醐味。
 日本がオリンピックに選ばれるまで帰らない覚悟です、譲ってくれたら、1944年にローマでオリンピックを開催できるよう、全力を尽くす、とムッソリーニに告げる副島さん。「Will you?」「Will you?」とムッソリーニ。独裁者の説得に成功! 会見、15分で終了〜。「え、早」とまーちゃん。副島さんの“カラータイマー”(ウルトラマンの10倍だ)がもってよかった!
「な、譲ってくれただろう」と、治五郎先生、ベッドの上でご満悦。「そろそろヤツを東京に呼び戻すときかもしれんぞ」と、日本開催に涙ぐまんばかりの可児さん(古舘寛治)に。「ヤツ? まさかスースーハーハー?」と可児さん――重なる金栗四三(中村勘九郎)のランニング姿。「オリンピックといえばあの男、ミスターマラソン、金栗四三!」と治五郎先生。
 ――そのころ四三は、故郷熊本で弟子の小松勝(仲野太賀)と共に走っていた。そして、田園風景の中で、看板を見つける。徐々に見えてくる文字、そこに書かれていたのは。
「カフェ ニューミカワ」
 ミカワ! しかも、ニュー!
 ↑ここも、二回目視聴時、先取り思い出し笑い。というか、もはや「美川」と聞くだけで笑ってしまうほど、勝地涼演じる美川秀信はキャラが立ちすぎている! 美川は、鉄道車両を転用したカフェを開いていたのだった。さすが流行りモノ好き(笑)。浅草でブロマイドを売っていて関東大震災に遭遇した美川は、ヤクザの女と大阪に駆け落ち、広島まで逃げ、山形に行き…と、その土地土地で覚えたとおぼしき方言を駆使しながら自分語り――それで『仁義なき戦い』なんですな。美川氏は小松くんに、「君の夢は何だね」と訊く。「オリンピックです!」と熱く語り出す小松くん。メダルを取りたい! …遮る美川。僕が君の夢について聞いたんだから、今度は僕の夢について聞く番! …美川。めんどくさすぎる。じゃあってことで、美川’sターン。夢は、「大陸逃避かな。満州だよ、これからは」だそうです。…美川。いかにも満州に行きそうな…。そして美川の話は「長くなりそう」という理由で音声途中で切れて割愛(笑)。
 ムッソリーニは説得できた。自信満々の杉村は、サングラスを颯爽とかけてオスロ総会に行く気満々だったまーちゃんを、副島さんの看病との名目でローマに居残りさせる。しかし。初めての総会。しかも、ただ一人の東洋人。「まいったな、河童の田畑でもいいから連れてくればよかったよ」と、五りん(神木隆之介)がその心の声、代弁。そこへ、“イタリアの嘉納治五郎”と称されるボナコッサ伯爵、到着。開会〜。
「おい、まだローマ(立候補地に)入ってるよ」(杉村心の声)
 杉村の動揺をよそに、ボナ公(←杉村の呼び方)、「(ローマでの開催に)絶大な自信をもっている」と堂々たるスピーチ。話、通ってないのか? 動揺のあまり、治五郎先生がまーちゃんに託した最終スピーチ予定稿を読むのをやめ、ムッソリーニが譲ってくれたと発言してしまう杉村。一同、ガヤガヤ。スポーツについては政治に口出しさせない! とボナ公。
「TABATA SUGU KOI」
 話が違うじゃないかと焦る杉村は結局、電報でまーちゃんをオスロに呼ぶのであった。責任を感じ、自分がもう一度ムッソリーニに会う! と立ち上がろうとする副島さん←無理です。じゃあ自分が! と、「ムッソリーニいる? 話したいの」と無謀にも押しかけるまーちゃん←無理です。っていうかまーちゃん、相手は陽気と言えども独裁者だから! やはりオスロに飛ぶことに。――一方、オスロの杉村は、イタリア公使ロドロを味方につけ、ボナ公を説得しようとしていた。字幕ばかりじゃなんでしょう、ということで、ここで、吹き替えスタート。ボナ公の声は、金髪のかつらまでかぶった五りんの兄弟子今松(荒川良々)が担当いたしまする〜。開催地に投票するのは委員であって首相じゃない! そんな杉村とボナ公の激論に、ロドロも加わり…と、ロドロの声で師匠志ん生(ビートたけし)登場〜。「地中海に沈めちゃうぞ」…この吹き替えシーン、最高でした。最後に師匠兄弟子五りん、三人そろって頭を下げるのも愛らしく。
 開催地投票日。
 IOC委員になって10年、オリンピックはスポーツマンシップによって支えられていると思ってきたが、もうそうではないようだ、不本意ながら、不本意ながら、イタリアは東京に投票する、と、ボナ公、無念で泣きそうなり。またもや一同、ガヤガヤ。「政治的圧力をIOCは認めるわけにはいかない」とラトゥール会長。杉村、大反論。しかし、かえって反感を買うばかり。「なぜカノーは来ないのか? なぜカノーは来ないのか? 彼が来たならこんな事にはならなかった」とラトゥール。――投票、延期。
 そこへまーちゃんが駆けつける。日本語交じりの英語で、帰り際の委員たちとコミュニケーション。――対比。多言語を駆使する杉村と、言葉はできないながらも何だかんだ言って世界の人たちとコミュニケーションを取るのがうまいまーちゃんと。杉村はまーちゃんに語る。日本への一票は嘉納治五郎への一票だった、と。まーちゃんは知っている。ロス五輪、嘉納治五郎に背負い投げされたい人で、長蛇の列ができる人気ぶりだったことを。「俺はイタリア語も英語もフランス語もできるが人望がない。嘉納治五郎にはなれん」と杉村。「なれんし、ならんでいいでしょう」とまーちゃん。「お前はなるよ」と杉村。「ごめんこうむるよ、あんな迷惑ジジイ」ってまーちゃん失礼だな。嘉納治五郎はお前を買っているからここに送り込んだんだと杉村。自分はただ、日本を頼むと言われたので、とまーちゃん。日本を、お前に? 高らかに笑う杉村。
 ――「投票延期」を告げる新聞記事を目にした治五郎先生は、恐る恐るベッドから立ち上がる。
 熊本。「美川と会いよっとね」と、四三に激怒するスヤ。あんなの友達じゃない、ゴキブリ、居候のろくでなし、貧乏神と、すごい剣幕。「美川が何をした?」と美川。スヤさん、昔は『坊っちゃん』のマドンナのようにさわやかだったのに…。そんな美川に四三さんはウィスキーを所望。スヤについて愚痴り出すからもう酔っぱらったのかと思いきや、飲む前にすでに酔っぱらい状態。そして、「俺は家出する」と――いや、家出って、貴方もう「不惑」の40過ぎですよね? だって治五郎先生から、東京にオリンピックが来るという手紙をもらってるし!
 東京市庁舎。東京市長・牛塚虎太郎は困っていた。――開催地、どうなるの? 私が肺炎になどならなければ! 副島さん、直立不動。貴方、治すために注射を300本も打ったじゃないですかと、かばうまーちゃん。そこへ治五郎先生が杖をついてやってくる。さすがにラこの身でトゥールに会いには行けない。そこで。「また極論なんだがね」「出たよ、治五郎の極論タイム」とまーちゃん。「こないだもこの時間だったよね?」――そうでした、まるで水戸黄門の印籠タイム(笑)。今回の極論は。ラトゥールを東京に呼んだらどうだろう。謝りついでに視察してもらおう。「治五郎っぽい」とまーちゃん。「治五郎っぽいって何だよ、私は治五郎だ」と治五郎先生――何だか、二人の、一筋縄では行かない師弟の如き絆を感じた今回。もうラトゥールに手紙、出しちゃったもんね。「ずうずうしいな」とまーちゃん。しかし、治五郎の手紙はラトゥールの心を動かし、彼は来日することに。「海を越えたジジイ同士の友情は侮れん」と言うまーちゃんに、日本に恩を売ろうというヒトラーの深謀遠慮が裏にあるのでは? と河野一郎代議士(桐谷健太)。オリンピックは盛大な運動会だ、とまーちゃん。いったいいつから、国の威信をかけてやる大事業になったんだろう。田畑さん率いる水泳チームが、ロス五輪でメダルをたくさん取ったからじゃない? とマリーママ(薬師丸ひろ子)。「違う、違うって、俺は」と言うまーちゃんに、いいじゃないか、オリンピックが決まればあと四年は戦争が起こらない、軍部への歯止めになる、と一郎代議士。
 招致委員会正式に発足。その記者会見で、こんな質問が出る。
「オリンピックはお国のためになりますか」
 まーちゃんに、高橋是清(萩原健一)の同じ質問がフラッシュバックする。まーちゃんの答えは同じである。なりません。
「国のためじゃない。若い者のためにやるんです」
 ――熊本。まだ暗いうち、「スヤへ」と書いた書き置きに押し花を載せ、金栗四三は家出しようとしていた。一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)の暮らしもだいぶよくなって、ナメクジが出る長屋から引っ越ししようとしている。時は1936年2月26日。
「2月26日」
「2月26日」
 と、繰り返す志ん生。
 1936年2月26日。雪の朝。――そこに、軍靴の音が聴こえてくるのだった――。
2019-09-01 23:59 この記事だけ表示