…こんなにちゃんと休んだの、いったいいつ以来だろう…というくらい、ゴールデンウイーク、休みました。5月3日の東京宝塚劇場の月組のGPに行き、後は読書三昧。後半には夫の一家と伊東で合流。川奈でひたすら相模湾を眺める他は何もしないという一日を過ごし。またまた富士山も見えました! ――東京に帰って来たら相変わらずのバタバタで、なかなか前回分観られず。今日は二本立てとまいりたく。
 金メダルが期待されたベルリン・オリンピックが中止となり、失意の金栗四三(中村勘九郎)。自分はいったい何のために走るのか――取り乱す四三に、上京してきた妻スヤ(綾瀬はるか)が水をぶっかけたところで、涙。いざというとき、四三をがっちり支えるしっかり者の奥さん。嘉納治五郎(役所広司)は、四三にかける言葉が見つからず、涙する――。…モスクワ・オリンピックに懸けた人々の無念を思った。出ていたら。メダルを取っていたら。人生は変わっていただろうか――。何もアスリートに限らない。人の人生はそんな問いの繰り返し。
 それでも。金栗四三という人は、前を向いて、明日の方を向いて、走っていく。そんな姿に、励まされて。
 …紐で結んじゃったら、それは足袋じゃなくて、靴なんじゃねえか。足袋職人としてのアイデンティティ・クライシスに悩まされる、ハリマヤの黒坂辛作(三宅弘城)。宮藤官九郎脚本が、ときに実はけっこう深刻なところを笑いでさらっと救ってくれるところ、三宅の演技がしっくりフィット。そして、いろいろ言いつつ調子に乗ってあれこれ改良してくれちゃいそうな気が非常にする。店のガラス戸に貼られたポスターも、何だかそんな感じ(笑)。
 自分のようなランナーが50人いたら。そんな発想から、駅伝を思いつく四三。50人もの金栗四三が走ったり体操したりする光景、大変シュールでした。そして。最近、金栗実次(中村獅童)が画面に映ると、池部幾江(大竹しのぶ)に盛大にドヤされるのを期待してしまう。いわんやこの日も。何だか名コンビとなりつつある二人。
 世界初の駅伝の最終ランナーとなり、走る四三。沿道で見守るスヤ。その目と目が合い――。走っているスピードだと目は合うのか。スケートだと早すぎて合わなそうな。え、劇場だとどうかって? それはもう、凄い人は二階席、いや、三階席…。いえ、その話はまたいずれ〜。
2019-05-12 23:22 この記事だけ表示
 皆様、十連休はいかがお過ごしですか。あひるは箱根で一泊してきました――昨夜は芦ノ湖畔よりお届けしておりました。昨日の夕方、箱根駅伝5区のコースをバスに揺られていたら、雨が途中から季節外れの雪に! ゴールデンウィーク初日にまさかの光景。そして本日、芦ノ湖畔から眺める富士山は雪化粧がひときわ美しく。帰りのバスの車窓から5区ゴール地点近くにある駅伝広場の「襷−TASUKI−」モニュメントを見て、帰京して『いだてん』を観たらば、金栗四三(中村勘九郎)が冒頭で富士山の美しさを愛でていて、偶然にびっくり。
 そして、今回から足袋職人の黒坂辛作役で三宅弘城登場〜。待ってました! ――三月中旬、あひるは、愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』(原案・演出・上演台本=たいらのまさピコこと河原雅彦)を観て、思っていた。Only Love Hurts(面影ラッキーホール)の楽曲で構成された歌謡ファンク喜劇『いやおうなしに』(2015年、作=福原充則、演出=河原雅彦)なくして、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は生まれ得なかっただろうなと。そして、思い出していた。『いやおうなしに』で三宅弘城が見せたダッチワイフの人形振り、すごかったな…と。そこへ、三宅弘城『いだてん』出演のニュース! 偶然にびっくり。その日から登場をずっと楽しみにしており。からっと明るくて、しみじみ人情深くて、いい! …いい役だな…としみじみ噛みしめて演じているのが伝わってきて、足袋職人の曾孫として、しみじみ。
 新婚早々妻スヤ(綾瀬はるか)と別居し、ベルリン・オリンピックへ向けてトレーニングの日々の四三。マラソンに賭けるあまり、上京してきたスヤに帰ってくれと言い放ち…。先週、四三さんがスヤさんに何だか冷たい感じだったので心配していましたが、むしろベタ惚れだった。安心した。だからこそせつない別居婚。妻を「スヤ」と呼ぶか「スヤさん」と呼ぶか逡巡する四三に泣き笑い。せっかく東京まで行った嫁を泊めないなんて、あんたんとこの弟はどうなっとる! と、金栗家に乗り込む池部幾江役の大竹しのぶ――祝! 菊田一夫演劇賞大賞受賞――のド迫力。何か言われる前から平身低頭の実次(中村獅童)。爆笑。四三からの手紙の文言の意味を解説してもらい、義母幾江を肩ポンするスヤ。おお、あひる憧れの“大竹しのぶ肩ポン”〜!
 一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)は豪快な無銭飲食で牢屋行き。そこで師匠橘家円喬(松尾スズキ)の死を知る。師匠を思いながら、落語にはうるさいと自負する牢名主の前で熱演する孝蔵。孝蔵の思い出の中、噺を語る師匠――何かが降りてきているような、松尾スズキの噺。そして、志ん生を演じるビートたけしが、このところめちゃめちゃのってきているのを感じる! 数回前の、「そのころ、あたしはあたしであたしが心配だった」というたけしの語りがツボにはまって、よくよく思い出して噛みしめており。
 妻へのラヴを振り切ってまで走り続ける四三。しかし、戦局悪化によりベルリン・オリンピック中止のニュースが…。ストックホルム・オリンピックの競技の途中で走り続けられなくなったこと。そして、ベルリン・オリンピックの中止。…観ていて、「――あなただったら、こんな現実にある選手に、いったいどんな言葉をかけますか?――」と問われているかのように、胸を締め付けられるように感じるときがある――時空を超えて、そんな現実にある選手に言葉をかけるという難業に、脚本の宮藤官九郎は向き合い続けているわけである。
 ――私は、1972年生まれである。物心ついて最初にふれたオリンピック、それは、ソ連のアフガニスタン侵攻により、日本がボイコットした1980年のモスクワ・オリンピックだった。世界各国が参加するということになっているスポーツの大きな大会だけれども、紛争や政治的状況によっては必ずしもすべての国が参加するわけではない、それが、人生における、オリンピックに対する最初の認識なのである。そのことは、私のオリンピック観に大きな影響を与えているように思う。どこかで、――無事開催されてよかった――と、いつもまずは思う。昨年の平昌五輪もそう思っていた――1982年にウィンタースポーツの盛んなカナダに行ったので、1980年の次の1984年はロサンゼルスというよりはサラエボ、そしてカルガリーと、歴代冬季開催地の方をどうも先に思い出す(フィギュアスケートのブライアン・オーサー選手の全盛期!)。
 モスクワ・オリンピックの記憶が強くあるから、当たり前のようにきちんきちんと開催されている昨今を幸せに思うし、オリンピックを無事開催するために紛争はできるだけ避ける方向に世界全体がなっていって、そして、究極的には紛争もなくなっていったら…と思っていて。アホのように思われるかもしれないけれども、日々、「今、自分がどのように行動することで、世界から戦争をなくす方向に向かえるか」を考えて生きていたりするので。難しい。人はそもそもなぜ争うのかということから考えなくてはならない。けれども。
 今回の『いだてん』のサブタイトルは、『ベルリンの壁』。――1980年、モスクワ・オリンピック当時、世界はまだ西側諸国対東側諸国の冷戦下にあった。1982年にカナダに行って、アメリカのニュース番組も視るようになった影響で、冷戦構造をひときわ強く意識するようになった。そのころ、まさか冷戦が終わる日が来るなんて思ってもみなかった。けれども、1989年11月、ベルリンの壁は崩壊した――大学受験を控えた高校三年生だったので、「…これ、世界史で出題されたりする?!…」という非常に現実的なとまどいもあったけれども。
 だから、私は知っている。世界はときに大きく変わり得ることを。一人一人の思いが合わさって大きなうねりとなり得ることを、リアルタイムで知っている。だから、生きている時間の最中は、世界を少しでもよくする方向へ、微力ながらも努力していきたいし、ベルリンの壁を歴史的事実としてしか知らない若い世代にも、この世界は決してフィックスされているものではない、一人一人の力を合わせて変え得るものだということを伝えていきたい。後世の人々が、歴史書を紐解いて、「戦争なんて愚かなものが存在した時代があったんだね」と振り返ることができるようになったら――。
 つくづく、『いだてん』は、スポーツを通じて、大きなテーマと向き合っている作品だと思う。傷心の四三さんにスヤさんはどんな言葉をかけるのか、自分だったらどんな言葉をかけるのか考えながら、次週まで…。ちなみに、次の日曜日は家族行事もあり、更新は月曜か火曜となる見込みです。
2019-04-28 23:59 この記事だけ表示
 先週、九段下の「昭和館」の前を通りかかり、特別企画展「日本のオリンピック・パラリンピック〜大会を支えた人々〜」にふらっと立ち寄ってみたところ、これが、『いだてん』好きのためにあるような好企画! 金栗四三コーナーには子供用運動足袋。「前畑ガンバレ」の実況中継が録音されたレコード。幻の1940年東京大会へ沸く中で作られた、運動している子供の柄が施されたモダンな着物。そして、1964年東京大会関連展示。名グラフィック・デザイナー亀倉雄策の手によるポスターが、躍動感と迫力があってとてもかっこいい。展示を見ている間中、頭の中をずっと『いだてん』のテーマ曲が流れていました。子供のころカナダに住んだということもあり、オリンピックといえば冬季大会の思い出の方が断然多いあひるですが、2020年東京大会に向けてやっとちょっと気持ちが盛り上がってきました。企画展は5月6日まで〜。表に出ると、千鳥ヶ淵にはまだ桜の花が。今年の桜はあちこちでまだまだ長持ちしていて、そのたくましい生命力に元気をもらっており。
 さて、十五回目〜。金栗四三(中村勘九郎)に縁談持ち上がる。相手は庄屋の跡取り、池部重行に嫁入りしていた幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)。息子重行に先立たれた池部幾江(大竹しのぶ)は、死にたいと思いつめたとき、生きようとするスヤの姿を見て、自分はこの嫁と一緒に生きていきたいと思ったと語る。大竹しのぶの演技の圧倒的な説得力。あひる、スヤと同じタイミングで落涙。それにしても。四三さんはスヤさんのこと、好きじゃないの? 恋とかに鈍いってこと? 何ともじれったい新婚の二人。そして、結婚してすぐさま別居。まあ、あひるも結婚して半年で別居し、結婚生活通算23年半のうち9年は別居している、別居婚のベテランですが。結婚の形はいろいろなり。
 4年後のオリンピックでの雪辱を誓い、炎天下に海岸で耐熱練習を行なう四三。――実は今日、オープニングのクレジットを見て、はっとしていた。彩の国シェイクスピア・シリーズなどでの女性役の名演技で知られる、蜷川幸雄組のベテラン、岡田正の名前が! いたいた〜。砂浜に倒れた四三を起き上がらせずに励まし続ける人々の中で、一人傘をかぶっていない人。
 一方、孝蔵(森山未來)は地方巡業中。浜松の地で、落語に妙に詳しそうな子供と出会い――。浜松湖での水泳に加わるその子、まーちゃん。ふんどし姿の子供たちが日本泳法を披露していましたが、成蹊小学校も、あひるが通っているころ、男の子たちは水泳というと、ふんどし。そして、学校で日本泳法の模範演技を見る機会もたびたびあったのですが、両手を縛られたまま泳ぐとか、子供のころは、それにいったい何の意味があるのかまったくよくわかっていなかった…。知識が増えて、いろいろな疑問が解決して、自分が大きな歴史の流れの中に生きていることがわかって。大人になって、よかった。
2019-04-21 22:53 この記事だけ表示
 先週はお休み、二週間ぶりにテーマ音楽が聞けてうきうき。
 ストックホルムから無事帰ってきた金栗四三(中村勘九郎)。その間に明治天皇が崩御し、元号は大正に変わっていた。オリムピックで棄権した彼を、周囲は温かく迎える…かと思いきや、「敗因は?」と鋭く立ちふさがった人が。二階堂トクヨ――「女史」と呼びたくなる、寺島しのぶの怪演。いきなりイギリスに留学してしまいましたが、今後の展開が気になる。
 海外視察を経て、四三より後に帰国した嘉納治五郎(役所広司)はといえば、…大日本体育協会の部屋で机が隅に追いやられており。会の新たなメンバーとして紹介され、にやっと笑う岸清一(岩松了)――代々木の「岸記念体育会館」にその名を残す人ですな。ちなみに私、岩松了が社長を演じている、名刺管理サービスのCMが好きでして。満員電車でも、車内モニターであのCMが流れていたりすると、なごむ。こちらの展開も、気になる。
 一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)は、師匠橘家円喬(松尾スズキ)とは違う噺家について巡業に出ることに。師匠に捨てられたかのように思う孝蔵。そんな彼を見送るため、新橋ステイションまで走って追いかけてきた師匠。…泣けるねえ。師匠に言われた「フラがある」が、意味はよくわからないながらも孝蔵の心の支え。そして、足元をもつれさせながら去る師匠を見て、…師匠はフラフラ…と。『世界は一人』でも如何なく発揮されていた松尾スズキの不思議な身体性が活き。
 と、新橋ステイションがたびたび登場した今回でしたが。これからほどない大正三年には閉鎖されて貨物駅・汐留駅になり、西洋文明の窓口としての新橋が地盤沈下、「明治の新橋」から「大正の銀座」へと時代は移り変わっていく――という話をちょうど『銀座と資生堂』(戸矢理衣奈著)で読んだばかり。ラストでは四三の見合いも描かれ、『いだてん』の物語もますます新展開へ〜。
2019-04-14 23:39 この記事だけ表示
 家族で近所の川べりにお花見に出かけたところ、ふくろう軍団(今度は計十羽!)とまたもや遭遇したあひるであった。
 十三回目のサブタイトルは『復活』。ストックホルム・オリンピック、金栗四三が日射病で倒れ、完走できなかったマラソン。その際、命を落としたランナーがいた。フランシスコ・ラザロ。――その名から連想されるのは、『新約聖書』の『ヨハネによる福音書』11章、死して四日目にイエス・キリストによって復活を遂げたラザロである。
 死して人がこの世に残すもの。フランシスコ・ラザロが、金栗をはじめ、スポーツに携わる人々の心に残したもの。ストックホルム・オリンピックの日本選手団の監督を務め、その翌年、短い生涯を終えることとなる大森兵蔵が、人々の心に残したもの。――嘉納治五郎(役所広司)は、自分が身体が弱いがために、選手にかえって迷惑をかけて…と暗いことばかり口にする大森(竹野内豊)に対し、君の著したこの書物はすばらしい、遺産である、と言っていて、治五郎先生〜、大森さんまだ生きてます、と思いましたが、先生の大らかな人柄によって通る一言。
 …暗いことばかり言う人、周りも迷惑ですよね…。自戒をこめて。できるだけ書かないようにして、夫に言うだけにしているのですが。言うだけ言って、「…こんなにストレスかけて、この人、病気になったらどうしよう…」と、勝手なことを思ったりもするのですが。
 今夜、…自分だったら、期待を背負って走るも完走できなかった金栗四三にどんな言葉をかけるだろう…と思いながら観ていて、でも、次第に、…いや、最近むしろ、自分の方があちらこちらで励まされているな…と。
 一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)は、あろうことか、初高座の日、お酒を一杯引っかけて現れる。酔っぱらって師匠・橘家圓喬(松尾スズキ)とやりあう様に、芸人としての一種の狂気をにじませた森山の演技。その噺を聞いている松尾の表情。――最近、痛感するのだけれども、この世界で、人と人とは、ときに思わぬ形の縁でつながっていて。それがどのように描かれていくのか、今後の展開も見逃せませぬ。
2019-03-31 23:48 この記事だけ表示
 とつけむにゃあ回だった。観終わって、涙顔でしばし放心状態。
 日本人として初めてオリンピックに参加した金栗四三は、日射病で倒れ、マラソンを完走できなかった。この史実をどう描くのか、非常に気になるところ、こう来たか! と…。
 四三(中村勘九郎)が走り出したあたりで、すでに胸が痛かった…。国とか責任とか、そんなもん背負わんでよか! と思って。――私は子供のころ、母親に円谷幸吉の話を聞かされて育った。あまりの期待の重圧に、「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました」で始まる遺書を残して、メキシコシティ五輪(1968)の前に自ら命を絶ったマラソン・ランナー。生まれる前の話だけれども、母親が繰り返し語った話があまりに心に深く刻まれていて――きっと彼女の心にも深く刻まれているのだろうと思う――、日本人とオリンピックを考えるとき、今でも真っ先に思うのが円谷幸吉のことなのである。だから、走り出した四三の姿に、円谷幸吉が重なって、胸が痛かった…。
 猛暑の中、走る四三――その道に、彼の心象風景、これまで彼が生きてきた道が重なっていく。彼は、ストックホルムを走りながら、熊本を、東京を走り、スウェーデンの人々に応援されながら、日本の家族や友達や仲間に応援されて走る。そこに、若き日の志ん生(森山未來)が、初高座を前に、車を引きながら東京を走って噺を稽古するシーンまで重なる。実にシュールな演出である。そして流れるはジャジーな音楽。――予定調和を越えている! と感じた。スポーツの報道を観ていても、…この先、こういう展開を求めているんだな…とその演出に感じることがあって、でも、人生には筋書きがないから、というか、天の筋書きはときに人の考える“物語”を軽々と超えていくから、想定していたのとちぐはぐの展開になって、…あ、今、困っているんだな…と思うときもあって。日射病で倒れて完走できなかったというのは、事前の想定を遥かに超えた展開である。そこに、「感動をありがとう」は、ない。
 朦朧と走る四三の前に、子供時代の“彼”(久野倫太郎)が現れる。――子供に演技をさせるのは難しいことだと思うから、申し訳ない話なのだけれども、私は、こまっしゃくれた子役芝居がものすごく苦手な人間である。その点、久野倫太郎は、実に自然な演技がいい。というか、彼から自然な表情を引き出している人々がすごい。子供時代の“彼”は、一度は四三を励まし導き、…そして、運命のあの岐路で、四三を間違った道へといざなう。人生の分岐点。あのとき、ああしていれば。こうしていれば。そんな人生の分岐点を一つも持たぬ人はいないだろう。金栗四三の場合、その分岐点による転回はあまりに大きく、あまりに残酷なものとなった。そんな人生の真実を描いて、美しい回だった…。
 次週のタイトルは『復活』。と聞いただけで、あの話とあの話にかけたダブルミーニングかな…と予想しているけれども。予想通りだったり、いい方に裏切られたり、人生と同じように、次週放映も楽しみにして。…せっかちなので、本心は待ちきれなくて、「早く次の日曜になれ!」と思っているのだけれども(笑)、ほころび始めた桜を眺めながら一週間を過ごします。
2019-03-24 23:59 この記事だけ表示
 短期洋行から帰ってきた夫と一緒に無事観られたばい。
 遂にストックホルム・オリンピック、開幕〜。1964年東京オリンピック招致チームが記録映像(流れるは、本物!)を観ている…という形で、1912年に軽快に時間を飛ばす。自らの主張が半ば通り、「NIPPON」のプラカードを掲げて入場する金栗四三(中村勘九郎)。一方、初めての高座が決まった若き日の志ん生(森山未來)。君ならできる、君には何かある…と、悪い咳をしながら告げる師匠の橘家円喬(松尾スズキ)の、死をも見据えたニヒルな明治人ぶり。
 プレッシャーに悩むあまり、静かに押し花にいそしむ四三。ただただ真面目なその様が、シュールですらあり。…前から思っていたのですが。よく、「応援してくださった方々に申し訳ない」とか言うコメントを聞くけれども、実際やっている人間が一番大変なんだから、応援している側に申し訳なく思う必要はない、と。その日まで頑張ってきた自分自身が納得できれば、それでいいではないですか。
 『いだてん』次週はいよいよ四三の走るマラソン! そしてフィギュアスケートの世界選手権2019、まもなく開幕〜。『いだてん』組もスケート界も日本舞台芸術界も、みんなみんな頑張れ〜。あひるも頑張る!
2019-03-17 23:45 この記事だけ表示
 先週ちょっと忙しすぎてなかなか書けんかったばい(←合ってる?)。
 ストックホルム・オリンピック前夜。日露戦争の勝利もあってか、日本人選手への注目が集まっている、と金栗四三(中村勘九郎)。ちなみに、日露戦争の勃発及びその展開が少なからず影響を与えた芸術作品が、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』なり。
 三島弥彦(生田斗真)、体格勝る西洋人の中で一人走る重圧と孤独から、窓から飛び降りんとするくだり。…何だか、小学5年生でカナダのオタワに行ったとき、黒人の女の子と一緒に走って「違っ!」と思ったこと、そして、ときには心ない同級生から「ジャップ」「チンク」といった蔑称を投げかけられたことを思い出し。いや、英語が上達したら、こちらも負けじと言い返すようになりましたが。そして、弥彦に、「そこで死ぬことなか!」と四三の如く言いたくなり、返す刀で自分にも突っ込み。…いや、あんたも前はよく死にたい死にたい言ってたよね…と。四三と弥彦、生まれ育った環境の異なる二人の間で深まってゆく篤い友情。
 女子飛び込みの選手団、一瞬登場〜。以前も書きました。私の母方の祖母は飛び込みのオリンピック強化選手だったのですが、仲間が事故死したため、競技を辞めたとのこと。どのオリンピックを目指していたのか、祖母にも聞かずじまいだったのですが、『いだてん』の影響で初めて考えてみた。1917年生まれゆえ、目指していたのはおそらく、「前畑(秀子)ガンバレ」で有名な1936年のベルリン・オリンピックなのでは、と。『いだてん』を通じて、自分の中に点々とあった事実を、歴史に結び付けていく作業。それにしても、嘉納治五郎先生(役所広司)はいいタイミングで登場するなあ。
 深沢敦が二役目で登場して(前は『不如帰』の活動写真版で三島和歌子をモデルとした人物を演じていて、今度は橘家円喬の先輩噺家)、今後、さらなるカメレオンぶりが見られるのかどうか、気になる。
 次回はいよいよ、ストックホルム・オリンピック、開幕〜!
2019-03-17 23:39 この記事だけ表示
 週末、久しぶりに箱根でのんびりしてきたのですが、ポーラ美術館で開催中の「モダン美人誕生」は、西洋文化流入後の日本女性の美しさの変遷をたどる展覧会。時代が重なるゆえ、『いだてん』ファンの方にも非常にお勧めです。
 シベリア鉄道でストックホルム目指して進む金栗四三(中村勘九郎)たち一行。長旅の退屈ゆえ、「表に出ろいっ」と三島弥彦(生田斗真)とケンカになるシーン、二人が古今亭志ん生(ビートたけし)のアテレコで言い争いするのが愉快なり。その志ん生の若き日、孝蔵(森山未來)は師匠の橘家圓喬(松尾スズキ)から遂に芸名をもらう。今週、『世界は一人』(東京芸術劇場で3月17日まで公演中)を観劇、松尾スズキの、…この世界に在って生きていく上で大丈夫かな…と観ていてちょっと心配してしまうような、主人公としてのナイーヴで繊細な演技が魅力的だったのですが、橘家圓喬を演じては、師匠たる人物にふさわしい懐の深い演技を見せていて、おお、と。森山未來はあの良い声でどんな噺を聞かせてくれるのか、楽しみ。
 ストックホルム。以前出張で訪れた際、街の美しさ、物価の高さ、そして、とにかくニシンがさまざまな調理法でメニューに載っているのが印象に残っており。四三が海外で経験を積んで少しずつ堂々としていく様が、観ていて何だかうれしく。
 来週は日曜すぐに感想アップできないかもしれず、ご了承をば。
2019-03-03 23:19 この記事だけ表示
 取材で小石川のKバレエカンパニーを訪れたところ、「金栗四三青春の地・金栗足袋(ハリマヤ足袋)発祥の地 文京区」と書かれたフラッグが商店街にはためいていました。確かに、東京高等師範学校(現筑波大学東京キャンパス文京校舎)にも伝通院にも近いKバレエ。
 兄(中村獅童)の工面したお金とみんなのカンパで旅費も調達でき、無事ストックホルムに旅立つこととなった金栗四三(中村勘九郎)。その胸に去来する思い――なぜ自分は、言葉も通じぬ異国に行ってまで走らねばならないのか、いったいなぜ、こんなことになってしまったのか。そんな彼を、兄は叱咤激励する。壮行会で四三は、旅費の工面に尽力してくれた幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)を思いながら、「自転車節」を絶唱する――スヤはそのとき、兄に金を都合してくれた家に嫁いで行っている。
「…洋行前って、あんな気分になるよね…」
 …隣で観ている夫の表情が暗い! 20年以上前の海外留学時の苦労あれこれ――言葉が通じない、食事が合わなくて10キロ以上痩せ、パスポートの写真とすっかり人相が変わってしまった等――を思い出したようである。…いや、貴方がケンブリッジ留学するとき、「洋行」という言葉はもはや一般的ではなかったはずですが。
「…でも、確かに、ああいう風に、お前が行かなければ後の人間が続かないと言われれば、行かざるを得ないんだ…!」
 四三の悲壮感に共鳴するところありのようである。私たち世代でそうなら、それ以前の人々の覚悟はいかばかりか。シカゴに留学していた父や、海外出張も多かった祖父を思い。考えてみれば。Kバレエ創始者熊川哲也も15歳で海外に渡って行ったのだった。札幌から、東京を経由しないでいきなりイギリスへ。
 四三と共に旅立つ三島弥彦(生田斗真)を新橋停車場まで送りに来る、兄弥太郎(小澤征悦)と母和歌子(白石加代子)。「三島家の恥」とばかり言い、弥彦のオリムピック出場に反対しているかに思えた母和歌子の手には、日の丸を縫い付けた運動着が…。泣くあひる。男泣きする弥彦。もらい泣きする四三。さらに泣くあひる。「泣く」ばかり書いていますが、白石加代子の演技がいかにもなウェットな感じではないからよけい心に沁みて泣くのである――先週、四三が三島家でテーブルマナーを学んでいる際、食べ物を思いっきり和歌子に飛ばしてしまったときの表情も絶品であった――。そして、「男だって泣くときはある!」ということをきちんと描いているのもよかった。考えてみれば、成田空港から「洋行」して行った夫も泣いていましたばい。
 そして、今回から大竹しのぶ登場〜。わくわくしていたようで、昨夜、あひるの夢に先に登場(笑)。豪傑な女性のようですが、今後、四三とどう絡んでいくのか、楽しみ。
2019-02-24 23:38 この記事だけ表示